詰める

sans-tetes2007-09-29

 宿痾は己の業の為す性。
 結構な手術をしたこと。経験したその苦痛に対して、正直「耐え抜いた」との認識はあまりない。もちろん、病院スタッフを初め少なからぬ人々の助けがあったと、そのことは大変な感謝を感じている。ただそれ以前に、「このような病気にかかったこと」「このような治療の苦痛を味わうこと」「予想外の合併症により予想外の更なる苦痛を受けること」は予め決定されていた事、との意識は常に心の中に有している。「神の定めたもう・・・」などと殊勝な言葉を使うつもりはないが、あるいはその言葉が却って一番近いのかもしれない。即ち、これは私の受けた罪である。それに対する対価を、いや、恐らくその程度では支払い切れていない、尚かつ未だ止める事なく重ね続ける私の悪事、病に対して抵抗する身体を最も強く支えたのはこの「自覚」である。その業の深きを思う。理由さえ知ってしまえば、苦しみは理不尽でなくなる。理不尽でなくなれば、苦しみに耐える事はそれほど困難な事ではなくなる。

 問題は、上に述べた宿痾が、私の持つ最も深刻な種類の病ではないことである。断っておくが、このように育ったことに両親の責任は全くない。言うなればハインリヒ・ヒムラーの幼き頃の家庭に比すことで、逆説的に両親の名誉を守る例えとなろうか。
 その問題の宿痾こそ、常に理不尽に私を苦しめる第一の原因。私が「モノ」にまともに対峙できず、結果的に放置したままにしてしまう悪い癖と、「捨てるくらいなら・・・」その理由だけで、行動の結果を熟慮せずに安易に「消費する」悪い癖の原因となっている。私の「貧乏性」はさようなまでに重度だ。目下、一番困っていることは、「もはや飲む必要のないエレンタールを、大量に余ってもったいないからという理由で弁当代わりに持っていっている」ということであろうか。おかげで私の昼食ライフはこの上なく贅沢なモノになっている。健康保険という皆様の血税の一部で購入した昼食を毎日味わえるのだから。だが本日の話題はそのエレンタールではない。
 現在は大分低くなったモノの、一時期山のように積まれたエレンタールが置いてある台所の一コーナー。そこには他に効果不明の健康食品や、どのように使うのか見当もつかない海外由来の食材・缶詰がまとめて積まれている。ほとんどが「冗談」で購入したモノ。輸入した業者も、これが実際に日本人の口の中にはいるとは想定していなかったはずである。これから長い時間をかけてそれらをいかに消費していくのかは、これからの人生における私の重要な課題の一つだ。すべてはこの一言から、「もったいないから」。
 ところでこの缶ジュース、恐らくは上野のアメ横で購入したと思われる。購入の経緯は失念。ただ、その時感じた、その時は途方もなく価値あるモノに感じたであろう閃きの対価として今我が家にこの二缶が残されている。同じ缶でもジュース容器はかさばる・・・。この二缶だけはみ出して邪魔だ。飲んでしまおう。動機は至極簡単。結果は考えない。
 どうやら「黒松沙士」はそこそこ有名な飲料らしい。誰が買うのか知らないが、楽天で検索したところ発見。「台湾で作られているコーラ(のようなモノ)」 なるほど、この缶の毒々しい色使い、予想通り某国の成分不明飲料水にオマージュを捧げているモノであるらしい。缶一面に繁体字でなにやら書き連ねられている。当然意味は不明。「漢字文化圏のスパイス」という意味で、お洒落な(そうに見える)スクーターの写真の周りにズラズラ漢字で意味不明の説明書きと値段が記してある台湾ライセンスのヴェスパのカタログを思い出した。読めるわけではないが、どうやら何らかのキャンペーン中で、抽選で「進攻香港○士尼楽園」できるらしい。
 とにかく味だ。飲まないことには始まらない。静かに栓を開けると、力無く炭酸が抜ける。同時に、何となく嗅いだことがあるが、何の臭いだか思い出せない香り。ただ、「この香りはこれから何かを摂取するときに嗅ぐ香りでは断じてない」ということだけはよくわかる。口を付ける前に、まず頭に浮かんだのは、大腸を失って間もない我が消化器のこと。弱い人間だ・・・。ただし、口に含んだ瞬間はあまり深いことを考えてはいなかった。だからこそこれが何の味か容易に判断できたのであろう。判断すると同時に口中の液体は流しに吐き出されていた。「オーラルリンスソーソーロ(SOSORO)」の味だ。台湾人は、コーラ飲むのと同時に腹ん中を同時に綺麗に消毒しようというのか? スズメバチに刺されると、体に同時に何種類もの毒が注入されることで、それに対応しようとする免疫システムが大混乱を起こした挙げ句暴走して、心臓を初めとする内臓に致命的なダメージを与えるという。まさしく、この飲料は私の脳細胞にアナフィラキシーショックを与えた、そして私の脳細胞の免疫系が出した結論は「飲まずに捨てろ」。その指示通り缶中に残った液体を流しに捨てるまで、時間にして1分とはかからなかった。はなはだ遺憾である。ああもったいない。

 まさか本日、二つ目の缶まで思わなかった。「TAMARIND JUICE」と書かれた缶。「タマリンド」とは、南国に生える植物の実らしい。缶にはその「タマリンド」らしきイメージ図も描かれている。この図はどこかで見たことあるぞ・・・。ああそうだ。医学書に載ってるなんかの病気に罹患した大腸に大腸にそっく・・・。ちなみにこちらは何のキャンペーンも行ってない様子。楽天でも類似飲料発見できず。
 炭酸も含まれてないため、それほど刺激的な味ではないと判断、今度は途中で考える暇を与えないためにも一気に飲み干す。お味は。「砂糖由来と思われる甘みが強すぎてタマリンドがどんな味かよくわからない」。お約束だな。青酸ソーダを混ぜてもたぶん判らないであろうくらいの甘さ。
 実はこれと似た味を以前体験したことがある。もう大分以前、大阪、通天閣。そこで飲んだオレンジジュースにこんなこんな味の「不純物」が混じっていたな。要するに、そのころ大阪は、より南アジアに近かったということなのだろう。私は自分が味バカと信じて疑わなかったのだがなかなかどうして、優秀な舌と記憶力。と言うか、子供にそんなモノ飲ますな。
 飲み終わってしばらく、舌の上で件の甘液が居座って、なかなかどいてくれないのに少々閉口。カゴメの野菜ジュースと牛乳で流して、SOSOROでうがい。一応落ち着く。命に別状ないので良しとする。
 それにしても、もったいないことをした。