柱の陰でそっと泣け

 職場を移ってからしばらくバイクで通勤していました。それはもう雨の日も風の日も。コレについて、便利不便の問題もさることながら半ば意地でやっていた感も強かったのです。
 最近、諸事ザルだらけのうちの職場がこの通勤にかかる交通費についても随分とザルであることが解ってきまして、これを利用しないてはないということで手始めに交通費を遠回りの電車通勤扱いで請求して実際はバイクで通うということをやってみました。交通手段を電車にすると車でまっすぐ行けば最短で30分で付くところをその4倍近くの時間をかけていくことになるので電車だと遠回りになることは偽りのない事実なのです。この試みは3日でバレました。

 その次に試みたのが、自宅から最寄り駅に行くまでにやたら複雑なバス路線を満遍なく塗りつぶすように行かなければ最寄り駅まで行くことが出来ないという事実を構築することでした。このルートは停留所を解して繋がっているためここにもなんの偽りはありません。自宅近くに土地勘のある人が皆無だったお陰かこの試みは成功し現在私は3時間くらいの時間をかけて自宅から職場まで通っていることになっているようです。

 さて通勤方法を変えたお陰で色々と得するようなコトが起きたのはいうまでもありません。やはりバイクというモノは消耗が激しいので、その消耗の度合いを下げることに一役買うことが一点、それと今までバイクではスルーしていた沿線の景色を眺めながら通勤することが出来、普段から写真など撮る機会に恵まれその点では随分と余裕ができたように思えます。
 沿線の景色でお気に入りなのは言うまでもなくそこらをウロウロしているネコです。最近このブログに挙げているネコ達の7割はこの通勤途中で見かけて、或いはその途中に存在することを知ったネコ場で撮ったネコ達です。不思議なコトに職場の他の同僚は「行く途中にネコなんかいない」と口をそろえて言います。そんなことはありせん。こんなにあちこちネコがいるのなら私はもっと早く電車通勤にすれば良かったと思ってるくらいなのですから、ネコだらけ、とまではいかなくともあちこちネコのウロウロする場面に多く出会う機会容易に得られること紛れもない事実です。何故私がネコを見かけることができて彼らがみかけることができないのか、大変不思議なコトです。私の場合通勤の行き帰りに職場の連中にあったりするのが極端にイヤなのでまず連中が通らない裏道ルートを構築して最低でも行きと帰りと違うルートを採るように心掛けているだけなのにこの違いというの本当に不思議なコトでさっぱり解りません。

 その行き帰りいくつかあるネコ場の中で最近とみにお気に入りの場所があります。住宅地のクソど真ん中なのですが、ここを何故あの場所にある職場への行き来に通るようになったのかは全く憶えておりませんがともかく、この場所、

よく一匹、

時に二匹、

希に三匹
ねこにお目にかかることができる場所としてまもなく私のお気に入りの場所の一つになり、行き帰りそれはそれはとても楽しませてくれる景色の一つとなったのでした。

 この三匹の内よくふらふらしているのはちょっと肥え気味の白いヤツ、コイツのお気に入りはこのお家の植え込みで、先端恐怖症なら一秒たりともいられないような植え込みの松の葉っぱがボサボサに生えている場所にもむしろ平気で入り込み葉の先端が肌をちくちくするのをむしろ喜んでいるような風で植え込みに隠れているか、或いは植え込みと道路との間を行ったり来たりしているのが日課のようです。

 ちなみに他の二匹はそれぞれ玄関先の足ふきマットと玄関の軒の上とがお気に入りのようで、この住宅に対する三匹それぞれの気易さから三匹ともこのお家で飼われている外ネコであることはほぼ間違いがないようです。

 言うまでもなくネコはそこにいると云うだけで絵になります。コイツ等も同様で、思い思い好きな場所に佇むコイツ等をこちらも思い思い好きな角度からカメラを構えて撮るのがほぼ日課になっていったのですが。

 そのうち、その三匹の内の一匹、白いヤツ、コイツは特別人に慣れている質らしく、私がこのネコ光景絵になると踏んでしゃがんでカメラを構えていても殆ど物怖じせず、その内まるでポーズを取るような様子を見せる、更には体を近づけてきて背中を見せて触っても文句を言わず、遂には寝転がって平気で腹まで見せるようになっていきました。いくら人に飼われて慣れているからと云ってこれは危機管理のなさ過ぎだろ? さすがに声に出して注意しようと思ったモノのおさわりさせてくれるのに怒ることもあんめいし、第一大体言葉通じるかどうかも怪しいコトですし。その代わりちゃんと挨拶することにしました。「おい!」っと。

 この挨拶の効果はてきめんで、コイツが例の定位置にいて、一見外からは全く見えない位置にいる時でも「お〜い」と声をかけると「ニャ〜ニャ〜(ガサガサガサ・・・)」と松葉の藪の中からずるずると這い出てきて近寄ってくるようになり、いつもの如く「撫でろ」の態度を取る。家にネコのいない悲しいネコ好きにとってこの悪魔的態度に逆らえるはずがない。当然の如く私はコイツの言いなりにコイツの指し示すままに背中を撫で回し、それに満足したコイツが次に腹を指し示せばその通りに腹を、次に頭を指し出せば勿論頭を、次に肉球を示せば当然の如く・・・いつの間にか私はコイツのなすがままに撫でさせられ、そしてその術中にハマリ、時には「ほれほれココか? ココがイイのか? コイツめコイツめグヘヘヘヘ・・・」とか卑猥なセリフまで交えながら・・・。シロいのが私に弄ばれている姿を見て他のネコの、ちょっと人相の悪いゴマシオ色のヤツも鳴きながら寄って来て寝転んで指示したり、撫でてる指をあま噛みしたりとコイツ、凄く警戒してそうで実は触ってもらいたかったという風な態度がありありと感じられまた別のマニア心をくすぐる態度。やがて行き帰りにコイツらのいないことに心乱され大変な苦痛になるほどコイツらに耽溺していってしまったのでした。

 その日もいつもの如くこの場所を通りかかるといつもの如く、シロいのに、今日はゴマシオのも。そして後からシロクロも登場とオールキャストのぜいたく舞台。いつもの如くシロが近づいてきて、ゴマシオの方はその向こうで少し様子をうかがった後に近づいてくる。まさにいつものように、遅刻ぎりぎりの時間を見極めながらコイツ等の言う通りになろうとシャツの袖に、ズボンの裾に、カバンの底に、カメラのレンズに、擦り付けた体から落ちる毛がどれだけ付こうがかまわずに撫で続けていました。コイツ等がゴロゴロでこちらもウヘヘ〜、なのですからもう正直どうなってもヨイのです、まさにこの時私はそう思っていたのでした。その時、まさにその時、その一瞬を持ってその至福の時が劇的に変化しようなどこの時私は思いもよらず・・・

 「ガチャン、ギィ〜・・・」それは扉の開く音でした。前にも書いたようにコイツ等、この態度から普段は歴とした人に囲われていて日中だけ外に解き放たれる半外ネコだというコトは薄々感じておりました。いつも見かける行動範囲におけるなれなれしさお囲い主はこの目の前のお家であろうコトも。扉が開いたのはそのお家のドアです。お家のご主人と思しき初老の紳士と奥様と思しきご婦人、ご主人はスーツを着て、鞄を持って、これから出勤されるところなのでしょう。それを見送る奥様と云ったごくありふれた日常の風景です。その瞬間何が起こったか? 目の前でさわられるがままにあっていたネコが急に体を返してその扉の前に立つご主人の方へ向かって行ったのです。にゃあにゃあと声を上げながら。こちらには一瞥だにせず。そう、まさに、今まであったことなどまるで何事もなかったかの如くネコ達は囲い主の方へ・・・。

 別に何も変わったことではないのです。囲われネコが今登場した囲い主に媚を売るため擦り寄る。特別なことではなんでもないのです。でもね、けどね、今まですり寄られていて我が世の春を謳歌していた私の立場は? つまり、ああ、所詮あなたにとって私は遊びでしかなかったのね? ああ、電柱の影に隠れて幸せそうな本宅の様子を涙目で窺う2号さんの気持ちが良く解る・・・。涙目で、地に支えてハンカチくわえて涙目、そんな気分です。本宅さんがお留守の間だけ可愛がられる私は所詮日陰の存在なの・・・。

 涙ね、涙。じっと絶え入る涙で視界が霞んで見える・・・ それで、それからどうしたかと云うと

 今でもコイツらはこうやって気まぐれに2号さんのお相手しようと待ってる。こうして今日も、私の袖はネコの毛に塗れて、始業ギリギリへの職場の冷たい視線を絶えながら、救いのない通勤路を行くのでした。知らなければ良かったのに・・・ (おわり)