エクストリーム・聖火リレーを見に行くを見に行く 5

 時折思い出したかのように雨が降る。大抵は一瞬強く降って弱まる、また強くなって弱まる、この繰り返し。雨避けという意味でも私の占拠した場所は絶妙の場所で、いよいよ目の前を通るであろう聖火の通過を前にして、雨ごときで私の「Free Tibet!」の声は妨げられることはない。だが、正直なところ、このままどのタイミングで聖火が通過するのか全くわからないまま、とにかく声の途切れないように「Free Tibet!」の掛け声。それは周囲も感じているであろう「いよいよ」の緊張とそして段々と激しくなる周囲の喧噪、この二つの作用は概して冷静な状況判断力を失わせる、いわばアッパー系の麻薬である。
 前にも増して警察官が沿道を固める。もはや何人たりとも路上にはみ出させない気概と緊張。別に沿道に警官が何人立っていようと、要は掛け声と旗とでもって「Free Tibet!」を強くアピールできればよいそう思えば雪山獅子旗を持つ手をより高く、「Free Tibet!」を叫ぶ声をより大きくますます気合いを入れて・・・とここでやっと気付く。おかしい、何かがおかしい。先程とは異なる場の違和感。
 先程まで、私の周囲はチベットの旗とそれに関連するメッセージを掲げる人々で固められていたはず。紅い旗を持つ人々は圧倒的に多いと言えども、交差点の向こう側、遙か道を隔てて向こう側のみに陣取っている、はずであった。ところがその道の向こうから、聖火が通るであろう大通りに沿って、次々と紅い旗が移動してくる。

初めはバラバラと段々と勢いを増すかの如く大挙して。そちら側からだけでない。反対側からも大勢向かってくる紅い旗を持った人々。圧倒的数と組織の力が、その象徴と化した紅い旗が我々の同志を、チベットの旗をみるみる飲み込んでいく。

その様はまさしく「山動く」、鴨緑江を越えてアメリカ軍を包み込むように襲いかかる中国人民志願軍。「こっちに来るな!」「道路を渡るのを規制しろ!」怒号響く中、先程まで雪山獅子旗で占められていた、交差点に面した道路側の歩道はほぼ紅い旗一色。その一団は更に援軍を得てこちらの方まで徐々に徐々に移動してくる。

凄まじい勢いの「Free Tibet!」「One China!」の応酬。辺りはさながら混沌の様相を見せる中、大通りを白バイが二台通り過ぎていく「来た!」。続いて警察関係か取材関係と思われるワゴン車が通り過ぎ、その後にリレー走者を乗せていると思われるマイクロバスが通り過ぎる。バスから沿道に向かってにこやかに手を振る走者へ、返答はもちろん「Free Tibet!」の掛け声。その時もはや目に入るモノほとんど紅い旗。続いて現れたのは「駆け足してる警官の集団」。警官の集団? 順番からいけば聖火が通るはずなのに、代わって現れたこの集団は何? この不意打ちに混乱、状況理解できないままただただ叫ぶ。その時、その集団の通過に合わせるように一瞬の内に激しい降雨、この劇的な演出の元我に返る。「あれが聖火だ」。

まさしく、聖火への目くらましと言う意味でこのおかしな警察集団の効果は大成功だったと言えよう。しかし、「こんな聖火リレーがあってたまるか!」。聖火が通り過ぎた直後に雨は弱まりやがて止む。何者の意志か、少なくとも祝福するようには感じられない。辺りは相変わらずの旗、旗、旗、旗。しばらく、まだまだこの場でお互いの主張の応酬。だが、聖火を迎えるにあまりの惨状、声だけは出しながらも、呆然たる思い頭を支配して離れず。