豊聡耳

 市役所とか図書館とかの公共の建物の入り口で「ピンポーン ピンポーン」とかいうチャイムが等間隔で鳴り続けているのをよく耳にする。人生の半分以上燻っている私にとって図書館は街の本屋と並んで金がなくとも時間を潰す事が出来るという意味での数少ない場所の一つで、よくお世話になっていた。図書館に行くときは大抵精神的に下向きになっていることが多く、平日の昼間に図書館にいることがいたたまれず、本棚でしか埋まらない建物内の空間が非常に広すぎると感じ、館内の奥深くであまり時を済ますことを好まず、また「何か」あってもいつでも逃げられるようになるべく館内の入り口近くの席でいる事が多かった。別に図書館にいるからといって始終本を読んでいるわけではなく寝ていることが多かった気がする。夢見心地と言うには随分と深刻な市立図書館入り口近くの定席(勿論、入り口から入ってくる人に見られないように席は柱の陰)、いつものように例の「ピンポーン ピンポーン」の音が響く。起きていても寝ていても、本を読んでいようが夢の中にいようがどこにでも現れるこの音、私にとって今では立派なトラウマソングの一つになってしまった。
 雑踏で気付かないことも多いが、鉄道の駅でも多くこの音が響いている。普段行く機会がない名古屋市営地下鉄の駅構内でもこの音が鳴る。が、駅の雑踏は東京と変わらず、場所を変えても乗り降りの乗客が多く行き来する光景は変わらない。ここでただ唯一違う点があるとすると、駅構内への入り口に「この音は視覚障害者のための合図です」と書かれた貼り紙がされている位。さてここにこの貼り紙を付けるのはどのような理由からか? 頼んでもいないのにかゆい場所に手が届けとばかりがただ単にしつこいだけのこの地域特有の行政サービスによる差し金か、雑踏の中に耳聡くこの音を聞き逃さぬ通行人による投書の結果か、何れにせよ、数十年来悩まされてきたこの音の正体にこんなところで出会おうモノとは思わず、数十年関東に住んでることで知らなかった事実を別の地域に来たことで学んだことは大いにというべきではあるが、この奇譚の訳を地域柄と断定するのは恐らく誤解である。知ったことでトラウマをオワリとするほどこのチャイム音は浅い所にいない。ところでこの話は最近観ている映画に特徴的な視覚障害者が多く登場することとなんの関係もない。そう言えば『御用牙 鬼の半蔵やわ肌小判』で借金取りの盲人役をやっていた古川ロックが良かった事を書き漏らした。アアミノオワリ、ミノオワリ、アイチカンジョウナゴヤウチ。