最寄り大宮駅、某ラーメン屋前のネコと私の関係

 彼(彼女?)との出会いがいつ頃だったか?残された写真から確認すると一番古い写真は「2008年12月13日」という日付になっていた。

 その頃の私と言えば、大腸を引っ張り出すために切り裂かれた腹の傷も大分癒え、たかが外れたかの如くバイクだ映画だロフトプラスワンだのと通っていた時期で、通勤の関係上東京の映画館等へもバイクで通うことも多く、時々電車で通った時などは東京方面からの電車の乗り換えがめんどくさい最寄り駅を使わず、快速だろうが新幹線だろうが強制的に停車させられる大宮駅を重宝してそこから多少遠回りの夜道を歩いて家へ帰っていた。
 当時から仕事関係で人間不信の極みにあった私は、やはり今と同様例えようもないある種の強迫観念に取り付かれており、それは夜になると勢いを大きくして、結果、「夜道を歩く時は2日続けて同じ道を使わないようにする」と言う奇癖を自身に強いるコトとなった。それが例え、遊び帰りの夜道であろうと関係無く。

 ただし、毎晩のように辿るルートを変えようとも大宮駅からの位置の関係上、帰り道に氷川神社の参道を避けて採ることは不可能に近く、この木々で覆われた長い参道を横切ることについては、ほぼ定められたルートを通らざるを得ない、当時としてはこのことが大変悔しく参道を横切り度にこのことに腹が立って腹が立って仕方が無く、参道を越えると、その木々に遮られるせいで届かなくなる大宮の繁華街の明かりが無性に好ましくて仕方がなかった。

 そのラーメン屋は、参道に面して立ってる。大分夜遅くまで空いているらしく、いつ通りかかっても常連客らしき顔ぶれが並び、ラーメンを食うと言うよりは酒を飲んで大いに歓談している、そんな感じの店だった。何度も通りかかりながら、店内に阪神タイガースの球団旗に幟、真冬だろうが梅雨の時期だろうがシーズン関係無く飾っている野球見興味のない自分にとっては常に危険思想に彩られた店、そんな印象を持つ店の敷居を跨ぐことなど絶対無い、それは未だに変わらない。

 その店先、真冬のこととて閉じられたガラス戸、そのガラス戸に寄り添う小さな影・・・どう見てもネコである。体は白色の毛が目立ち頭は三色の部分が目立つ三毛猫、こいつがガラス戸に添って背を丸め、店の中を覗き込むように座っている
 
 こいつに初めて出会ったのは冬のこと、冬と云えばネコは暖かい所に丸くなっていなければならない時期。にもかかわらず冬の寒空の下、冷たい風を遮るのはラーメン屋のお店そのものと僅かばかりの軒、これでは恐らく寒かろう寒かろうとこちらの想像通り頼りなげに丸める背中が本当に寒そうで、酔客の喧噪がガラス越しに外へ伝わるそのラーメン屋のお店の中をじっと見つめていた、しつこいようだがその背中は一度見たら忘れることも出来ない。
 「このネコどんなご面相なのか?」気になったのは当然のことで、ガラスにうっすらと反射して見えるそのネコのご面相、影の如くうっすら過ぎて確かめることも出来ない。こいつ、ノラだという予感はあった。ノラなら見知らぬ人には警戒するだろう、見知らぬ人が近づけば警戒のあまり飛び退いてそのまま逃げるだろう、その恐れは十二分に感じながらもこの頼りなげな背中を持つねこ様のご面相にどうしても近づきたく、そっと、そっと後ろから近づいてみると

 背後の気配に気がつき後ろを振り向くも、それはノラの人を警戒する仕草ではなく、体は丸めた姿勢を崩さず首だけゆっくりと、こちらの方を向くや弱々しく「ニャア」、挨拶でもするかのように一言、しばらくこちらをじっと眺めていたが、こいつは自分に何か危害か或いはちょっかいを出さないと云う雰囲気が伝わるや再び頭を元に、ガラス向こうの喧噪をひたすら眺め始めたのだった。こちらを向いてくれて初めて頂くご面相、その印象と言えばどんな贔屓目に見ても、ネコの内でも整った顔とは言えない、貧相なご面相。ただこの今にも泣き出しそうなねこのお顔が、この寒空の中背中を丸めてひたすらラーメン屋の中の酔客を覗いていると云う行為をひどく動機付けているようであり、つまりこの行動を取るのはこの顔でしかない、そんなお顔をしたネコに、魅入られないはずがない。

 それからしばらくはこのラーメン屋の前を通ることが殆どなかったので、冬の寒さの一番厳しい時期もこのネコが同じようにあの場所にいたのかどうかはよく知らない。時たま通ることがあれば、もしやアイツがあの不思議な様子でいるんじゃないかと期待して必ずカメラを用意していたモノだが、終ぞ出会うことはなかった。あまりにこの場所のことに気を取られていたせいで、このラーメン屋の定休日が木曜日だと云うコトがわかったことが唯一の収穫であった。入りもしないのに。

 再びこいつにあったのは寒さも大分和らいだ3月に入ってからのことだった。

 同じ場所で、ほぼ同じ姿勢。背中はやはり寒そうだ。

 撮影のため少し近寄ると、やはりちらとこっちを向いて

「みゃあ」
 
 なんて卑怯なヤツなんだ。以来、お出かけの帰り道、この場所は通らなくてはならない場所と化した。こいつのいるのを確認するために。

 こいつは大抵この定位置にいて、大抵は店の中を覗いている。季候が暖かくなっているせいか、座って時たまこっちを向く以外にあちこち耳をそばだててしきりに首を動かして辺りを警戒する様子も見せていくれる。その点動かなかったのはやはり寒かったのだな、と納得はさせていくれたが、ここにこうしているわけははっきりとはわからない。時々人間のお客がラーメン屋を訪れガラス戸を開けてお店へ入っていこうとするとその後ろから便乗して侵入しようとして店にいる数人の客に押し出される様を目撃しているので、目的は暖か、と云うこと、そしてこのネコ、やはりこのラーメン屋で飼われているわけではないことはよくわかった。ガラス戸の所でいつものようにたたずんでいると中の酔客がガラス越し大声でこのネコに挨拶したり、ほんの少しだけ戸を開けてその隙間から手だけ出してネコを撫でてはまた引っ込めるという有様もあったので、ここに正式に飼っているワケでないネコがこの場所に陣取っていることは店も客も暗黙の内に認めていること、それはよくわかる。そして、私はそのネコを写真に撮る。店の客も主人も初めは私の行動を怪しむ様子を見せていたが、そのうち気に止めなくなる。その行動を黙認されているという意味で、私はネコと一緒である。

 やがて更に暖かくなり、このねこは定位置を動き、活発に店の周りをウロウロする事が多くなる

 一所にうずくまっていず、こうしてみると、当初の印象とはずいぶん違うな、と少しこいつの評価を変えつつあるも、やはり見かけのみすぼらしさ(誉めてます)は抜けないな、と思いつつバインダーを覗きながら近づけば必ず「にゃあ」の一声。マイペースと言えばマイペースである、が考えてみればネコだからマイペースは当然のことなのだ。

 そして初夏の頃、いつものようにこの場所を通りかかると、いつものこいつ以外の別のネコの影

 ラーメン屋の光の方へは決して近寄らず、向かいの空き家の影でじっと見つめるサバトラ模様。警戒心は強いらしく人が近寄ることを好まない。仕方なく遠目に光が当たるギリギリの所で露出を上げてこのもう一匹のネコの姿を撮る私を、いつものアイツはいつもの場所から自転車越しにじっと眺めていた。

 この写真がアイツの姿の最後なのだ。

 後に振り返りしみじみと眺めた一枚、もうそろそろ秋の気配を感じる残暑の頃。アイツの後ろではいつものように酔客、客の後ろの戸は開け放し、ネコはその開け放しの戸を跨いで中に入る様子はなく、店の土台のコンクリートから涼を取っている。夏のネコらしい、図。そしてその後、この場所を通ってもその定位置にこの三毛の姿は決して無かった。

 最後にあの場所であの三毛を見て2ヶ月ばかり経っただろうか。

 そいつはひょいと物陰から現れたと思うと

 その場所・・・嘗てアイツがいた場所へ何ら臆することなく行くではないか

 「この場所はぼくんだよ」そう言いたげに。

 それからしばらく、やはりこのラーメン屋の前は帰り道として避けがたく、毎回必ず通り過ぎるとそこにあるのはミケの姿でなくサバトラの姿

 その時私はしみじみと思ったのだ。あそこにいたアイツはたぶんいなくなってしまったんだと。詮無き理由でいなくなり戻ってこないのだと。そして今いるコイツはその場所を譲られてこの場所にいるんだと。アイツには会えなくなった代わりをこれからはコイツがつとめるのだと。そんなに長いつきあいでもないアイツのために、私はとても悲しい気持ちになった。が、仕方がないことなのだ。


そんなある日。

 !?・・・居た! おまえ何処で何して!!!

 「みゃあ」・・・(おわり)








 ・・・何だこの話?

 と言うワケで、せっかくなのでお店の酔客から聞き取ったこの二匹のネコの微妙な関係を。

 元々店のニオイ釣られて現れたノラらしいノラのミケ、店のオヤジや酔客がおもしろがってつまみの残りやスープのダシガラをあげるようになって鉄板なエサ場として定期的に現れるようになったとのこと。その後、その噂(?)を聞きつけたもう一方のネコ、サバトラも現れるようになり、やはりオヤジや客はコイツにもおもしろがってエサをやるようになったとのこと。すると最初にエサ場としてこの場所を縄張りしていたミケとしてはエサ場を取られる危機を感じたらしく後から来たキジトラを激しく威嚇するようになったとのこと。ただし年の若いサバトラの方が体力があるのかケンカをしてまでエサ場とエサの取り合いをする、といった抗争にはならずさりとて二匹で仲良くエサを分け合うといった関係になれずどうしたかというと、

 なんとこの二匹、お互いがかち合わないように時間を分けて現れるようになったとのこと。おおよその所「仕込み〜宵の内」がサバトラの時間でそれより遅くから11時頃までが概ねミケの時間となっている様子。とは云ってもそこはネコ、棲み分け時間が守られず早い時間にミケが現れたと思えば遅い時間にふらりとキジトラが現れたりとそこはネコらしくルーズに。

 勿論かち合うコトもあるワケで、

 そんな時は

 隙を見せた方が一瞬にしてエサを取られて。

 後は再び互いの隙を狙って一定の間合い取る、そんな関係を保ち続けます。ちなみにエサの横取り以外でこの二匹の距離がこれ以上縮まることはありません。

 つまり何が言いたいかというと。

 あまり安易に感傷に浸ってはいけないよ、と

 そーいうことだな

 「にゃあ」