その百三十五 渋谷区恵比寿西 『庚申堂』


 代官山駅脇の踏切を横切る。東横線の線路は山の尾根のようになっていて、その尾根の下から線路へ向かって少し上り坂を登って踏切を頂点、道は再び逆、後は恵比寿の辺りまで下り坂が続く。道の両側は雑居ビルが建ち並び、ビルの一階は時々店舗になっておりブティックや美容院、雑貨屋と場所柄なテナントが入っている。この場所を通る人の多く、そういったお店に関心あって道を通っているらしいが、面白そうな眺め以外に取り立て関心の沸かない私にとってはあまり関係ない。地上にあまり関心が沸かないと視線は段々上の方、自然空を向きがちになる。そこにはやはり地上から伸びたビルが建ち並び、視界の両脇を遮るようにビルが覆う。この景色が少し面白かったのでそのままどちらかというと上を向き加減にそのまま歩いていると一カ所、空を覆うビルが一本分ばかり途切れて周囲より広く見える場所が現れる。おやと思い視線を地上に戻すとビルに挟まれた一画に緑。何かのお堂を覆う木々らしい。かくしてこのお堂に参拝することになったワケだが、東京ではこういったことはよくある。
 お堂があるらしき緑の一角、盛り土を石垣で囲うような形で辺りより何段か高くなっており、その石垣の脇の方に細い階段。これが至極見辛いため、傍目まるで入ってはいけないような場所に見える。その一見「不可侵」にあえて侵入してみると、真っ正面に横一列4体の庚申像、それらは立派ではないが決してみすぼらしくもない長屋のようなお堂に納められて並ぶ。先程紹介したあまり人を入れたくないような造りの階段の上に渋谷区で立てた「庚申塔」と「庚申講」の信仰・行事について述べられた看板が立つ。一応区教育委のお墨付きを戴いているわけのこの場所、他に庚申塔やら馬頭観音像も横に並び、どうやらここら一帯を開発する際、その妨げになる石塔、石像を一カ所ココに集めているらしい。複数の庚申塔はその数だけ庚申の夜を越えた証しであろうが一方でその塔の数から更に18を掛けた回数だけ里人が夜通し飲んだくれて楽しんだ跡というわけで、厄落としに言付けて宴会の記念塔を建てた跡のように見えて昔から祭事に理由をつけて酒を飲むことの後ろめたさを持っていた昔の人の言い訳のようだ。それが今や立派な区指定の文化財に選ばれているのだからたいしたモノで、現在、この前の道を通る多くの人々がこの場所を無関心のままに通り過ぎることはある意味正しいのかもしれない。庚申塔の中に刻まれた青面さんは三尸どんを弱らせてその祟りを抑えて人々を壮健にする。三尸にナメられぬよう刻まれた青面さんはみな恐ろしげな顔。「これは悪を懲らしめるためにあえてお恐いお顔をしておられるのです」。利いた風なセリフを出さずとも青面さんのお顔のお恐い理由は皆知っている。一方の三尸の方が石塔等に刻まれている例はあまり見ない。あの三匹の虫の姿は同じ種類のムシとは思えないほど異なり且つシュールな姿をしており、その話題は凄く酒の肴になりそうなモノなのにその姿がないとは勿体ない。最も、塔に三尸が刻まれていてそれを見た幼子が親に姿の不思議を訊ねてもその理由など説けようはずはないからそれでかまわないのだろう。