初夢記

 宗太郎から先が無くなったらしい。詳細を尋ねようにも今一つよくわからない。無くなったが列車は動いているらしい。益々要領を得ない。ともかく列車は動いているというのだというから行ってみることにした。

 延岡駅は結構な混雑で聞くと相変わらず宗太郎駅に停まる普通列車はほとんど無く、駅を通過する数本の特急列車が時たま時間合わせに停まるが扉は開かないので中からただ駅票を見ているだけと云う。「それを運転停車と云うんだよ」後ろの方で誰か知ったような声で教えてくれたがそちらを振り向かなかったのでそれが誰だかわからない。乗り込んだ列車の座席も大層な混雑振りで私は山側の窓際に、一緒に誘った弟はその斜め向かいの席に座る。子供ができたばかりなのに無理に誘って悪いなと思っているこちらの様子を知ってか知らずか憮然として窓の外を見ている。自分の斜め後ろに、一番嫌いな元上司が座っていてしきりに何かこちらへ話しかけてきているようだが聞く素振りさえ見せなかったせいか何を言っているのかわからない。列車が走り始めて初めて電車でなく客車であることを知った。

 列車は川沿いを走りながら段々と景色が変わってくる。相変わらず憮然としている弟の歓心を得るために「あの橋は川嵩が増えると沈んでしまう潜水艦なんだよ」「昔の工場(こうば)へ続く引き込み線の跡が当時のそのままに残っているねぇ」「あの橋なんか工場へ続いているんじゃないか、でも川嵩が増えると沈みそうだ。どうするんだろうか?」考えてみたらこの路線のことは私より弟の方がずっと詳しいはずなのだからこんなこと言っても余り機嫌取りになりそうもないのだが、廃線の話で幾分弟の機嫌も和らいだのか少し表情が柔らかになっている。後ろを見るとさっき斜め後ろにいた件の元上司が今度は白い仕事着を着てずっと向こうの方の席へ移ってやはり斜め後ろを向いてなにやら盛んに話し立てている。相変わらず何を言っているのかはわからない。

 本線を越えて行く引き込み線の橋の、それを二つばかり潜った後、古い工場だらけだった車窓がいよいよ山の中へと変わる。相も変わらず川には沿っているが、川は大分深い谷底の下の方に流れが激しくなっているのが見えて延岡も郊外出るとこんなに変わる物かと感心していると「絶景も考え物です」。いつの間にか真後ろの席に移動している弟からこんな言葉をかけられた。どうも私の席がこの車両の一番に端になっているらしく気付くと目の前はもう席も壁も何もなく足下からすぐ先はただもう絶景と云えるような雄大な渓谷が広がっている有様。隣の客車はそれでも繋がっているらしく大分離れた所でこちらの同じ速さで付いてくる茶色い客車がこっちの客車と同じような間隔で揺れたり軋んだりしている。向こうの客車に掴まろうにもとても届く距離でなさそうで少しでも体を捩ろう物ならそのまま谷底へ落ちてしまいそうで、席に手摺りがあるからまだ良いような物をこれでは居眠りもできない。

 あんな山の上に大きな中華風の楼閣の様な建物が見える、しかもあれも廃墟らしい。農家の集落のような、工場街のような所を過ぎた先、鳥居を囲む木々が終わらない所で列車が静かに停まる。特急が停まる駅でもなさそうだが停まったのだから仕方がない。目的地でもなさそうなのでそのまま車窓を眺めているとどうやらお祭りの最中らしく鳥居の周りに提灯のような雪洞のような明かりがあちこち灯っていて薄暗い林の中がぼんやりと仄明るい。屋台もちらほら見えるが余り活気のあるようには見えない。その屋台の中の一番大きなやつから和装の子供が客車に走り寄ってきて窓際の私に向かって「オッス!」と声をかける。「こんにちは」と私が返すとそのまま屋台へ走り去る。今度はまた別の子供が屋台より走り寄り「オッス!」とまた声をかける。「オッス!」今度は子供に合わせてそう返す。先と特に変わった様子は見せずに子供はそのまま走り去っていく。すると周りが俄に騒がしくなりなにやら白い装束を羽織った集団が踊り拍子を付けながら隣の客車より乗ってる客車に乗り込んでくる。「めでたやなぁーめでたやなぁー」装束の各人それぞれが思い思いに踊り舞いながら客車の奥の方へ、見ると乗客の内の幾人かも一緒に踊り出している「なんやらかんやでちょんかちょんか」台詞も節回しもよくわからないがともかく後から踊る乗客は各自思い思いに踊り舞う。「おどらにゃそんそん」誰かが叫んだ阿波踊りの台詞にそれもそうかと自分も踊ることにする。踊り舞う集団の端の方で一緒に踊っていると隣で踊る白装束が男なのに白無垢角隠しの花嫁装束、そして腹に何か入れて大きく見せているのは腹ボテの表現らしい。そういう祭りらしい。踊りながらふと踊っていない乗客を見ると余り表情無く妙に冷めた目でただ座っている。「おどるときにおどらにゃあんたらいつおどる」踊りの台詞なのかその男の台詞なのか、踊っている私の横でその白無垢は踊りながらそう言った。