おみせの続き
先日偶然その前を通りかかり、あまりのインパクトに倒れそうになった挙げ句結局寄らずに帰ったというお店についての後日談です*1。
そのお店があるのは北関東の地方都市の周縁都市で、都市圏の基幹産業が自動車と云うコトもあり移動は自動車が便利、実際場所は国道沿いにあるモノの徒歩圏内に一時間一本程度の本数を数えるローカル線駅も存在してとなかなか便利な場所にあるようです。
厳密な最寄り駅はまた別の駅なのですが、路線の終点駅が次の駅でその駅からもそちらのお店へも徒歩10分以内に到着すると云うコトでそちらから下車。正直乗りツブしです。でも、隣町にある某店のおかげでモノの見事に櫛欠け状態の明らかに現役のお店数が少ない中刺青屋の割合が多かったりその刺青屋のお隣が純然たる日本茶販売店だったりと商店街から結構なカオスっぷりが伺えてなかなか面白い駅前でした。それが良いことなのか悪いことなのかはよく分かりませんが。
駅前商店街だったと思しき櫛欠店の並びが終わった後も通り沿い断続的にいろいろとお店が現れます。その断続的なお店の中に更に時々かなり年期の入った店構えのお店が登場しその殆どは残念ながら現在は閉店されているお店の跡という中その佇まいの中ただ今も現役と思しき店も少数存在するのは嬉しいです。そんな年季の入った佇まいの総大将のようなお店が先の十字路の一画を占拠しているのが遠目からも認められます。行く先はまさにこのお店です。
「総大将」と云えば聞こえは良いですが、「ぬらりひょん」も「妖怪の総大将」と云われておりますので総大将と言っても色々です。この「総大将」はそっちがわの「総大将」取っていただいた方が理解しやすいと思われます、と云う具合な建物の風采を想像して欲しいので今回敢えて建物遠景全図はなし*2
今まで黙ってましたが今回訪問は身内の付き添い付きです。そのお店の一人で敷居を跨ぐにはとても勇気のいる佇まいに前回大敗してその背中を押してくれる存在を期待してと云うのが大きいのですが、考えてみれば既に所帯を持ち子供まであり私より大分常識的な職場に就職している彼をこんなもしかして危険かもしれないぬらりひょんな場所に連れてきてしまったこと、万一何か起ころうコトなら私はどう責任を取ればよいのか? そんな思いを知ってか店の前に立つや*3店の前で躊躇、心の逡巡を隠さない私に同行者は一言「どうする? 入るの?」。このまま踵を返して利根川の方へ立ち去ろうモノなら彼はこのようなおバカな訪問に二度と付き合ってはくれないだろう。これ程までに心強く強い圧力に晒される背中押しに抗えるほど私は気が強くない。それでもほんの少しだけでも心の準備を整えるためあまり意味もなく店の周囲を見回すと
物干しに意気揚々と掲げられた予定表黒板、あれは誰に向けているのか。
そしてどう見ても店先に洗濯物干してる。店主の店への愛着と取るべきか単なる横着と取るべきか、不安微増。
最早これまでと遂に意を決して敷居を跨ぐべく入り口の戸を・・・戸は無いな、代わりに網戸があるな。だが網戸が引けないな開かないな、何故だ? 「この網戸持ち上げなきゃダメなんじゃない?」
常に冷静な君を連れてきて本当に良かったよ・・・。
店内の様相、ただひたすらに雑然、予想通りに。その雑然とした中、隙さえあれば店外と同様に手書きのお店が最も推したいであろう商品の紹介文が並ぶ。これも予想通り。網戸がレールに乗ってないので常に開け放しと言って良い店内、客の入ってきた気配を感じ取るアラームなど置いてあろうはずが無く、後は店主がその気配を感じるまで待つしかないと云うワケだが、これもまた当然の如くと云うべきか我々の気配を察していそうな雰囲気は皆無。必然我々はその雑然とした店内にまるで置いてけぼりを食ったかのように佇むしかないワケだ、まだ何も始まっていないのにもかかわらず。
ところで、私は常に声が小さく且つ音質も低いので誰か遠くにいる人を呼ぶのが苦手だ。今の状況はまさしくその苦手な技能を苦手ながらもなんとか総動員して場面の転換を試みなければ行けない場面なのだが、その、この、あの外観のお店の中、予想通りの店内佇まい、この状態でお店の関係者がいない、という状態は精神衛生上非常によくない。ここで声を挙げることによってどのような人間が奧から現れるのだろうか? どう想像しても上海租界の阿片売り、もしくはドリフ大爆笑中「もしも〜*4」シリーズの志村けん扮するきたねえじじいしか思い浮かばない。奧から出てくるなり怒鳴り飛ばされるのではないか、或いは奧に引きずり込まれて二度とお日様を拝めなくなるのでは?
「は〜い」 意外なことに声の主は女性であった。出てきたのはいい歳の、ただ「おばあさん」と形容するにはちょっと元気すぎるほどな印象の女性。イチ押しのモノがモノだし店の佇まいが佇まいだし、間違いなく「男」を期待していた当方、不意を突かれて脱力。この手の手合いは慣れているのだろう、おかみはすかさず「何かお探しですか?」あくまでも明るく、嫌味無く、けれどもこの状況で一見の客が聞くことと言ったら一つしかあるめえに、それでもなお明るさ崩さず。
「表の看板(?)を『偶然』見たのですが、最近暑かったり寒かったり寒暖の差が激しいせいか体調を崩しがちで、表の看板にはそんなような効用も記されているので興味を持ちまして」 あくまでも、偶然を装い。
するとおかみさんすかさず「滋養強壮何でも効く薬がある」とその秘薬の薬の説明を開始。ある薬とある薬をあるドリンクと一緒に飲むことによって抜群の効き目があると。値段1回分○○○○円とのコト。うん? この値段は表に出てる「精力剤」と変わらない。
「それは精力剤のことですか?」と尋ねると
「ソレにも効くけど基本的に元気になるよ」と今オススメしているのが精力剤であると認める。
「飲めば体の中からカーッとなってすぐ効いてくるから。都内では10000円以上するけどここだからこの値段で買えるから。おかげさんで有名になって結構遠くから買いに来てくれる人もたくさんいるのよ」
どこかで聞いたようなセリフである。
「ある社長さんなんか何回でもできるってお店行く時必ず飲むっていつも何本も買ってくよ」
いや、別に精力剤買いたいって言ってんじゃないんですけど・・・
「多いのは社長さんとか、ほら歳取ってもアレだから。あとタクシー運転手さんなんかは多いわよ。どーしよもなく疲れた時なんかすぐに直るんだってね」
アレ以外の話も出てきたぞ
「・・・でも1回○○○○円ってちょっと割高だわ」正直効用のわからないモノにこの値段はリスキーなので素直に言いました、すると
「昔はね、もうちょっと少なくてその代わり3000円で売ってたんだけどある人が3回飲んだら鼻血出して倒れたって、それから改良して1回で済むように、その代わりちょっと高くなったの。でも都内じゃ〜」
おいおい、それって・・・
いやまあしゃべるしゃべる。この手合いの一見さんに慣れてる証拠でしょう。正直売る側としては余計なことまでしゃべるしゃべる。店の作りとか、薬の効用とか、制作秘話とか、どう贔屓目に見ても怪しいんだけど、おかみさんの人柄は少なくとも騙っている様子は見えず正直に話している様子は認められたので、それを担保にしてもヨイのではないかと、一言
「買いましょう」
正直使う予定なんかない。が、ここから先は正真正銘のお客になったワケで何憚ることなく色んなことを聞いても差し支えが無くなるわけだ。この値段はその免罪符を買ったワケで、試しに
「おかみさんが若そうに見えるのもこういった薬のおかげ?」
「わたしは飲んじゃいないけど。別に体に気を使ってるし畑に出て体動かしてるし*5色々試してるし、お陰様で年齢ほど老け込んでないよ」
「けどこの間少し病気してねどこがわるくてあーしてこーして・・・」
もうよくあるおばちゃんのお話になってきたので適当に。ちなみにおかみさんが体を壊した時は薬を盲信せず素直にお医者にかかったそうだ。どうも息子さんが何処かの病院で薬剤師をやってるらしく、単なる怪しい薬売りでなく歴とした医療者一家であること判明。コレも担保だ。この店は恐らくその内息子が継ぐとのこと。おお!
ちなみにこれも「孫は大学生で元気」とおばちゃんが一番自慢したいであろうお話しも出てくる。もしかしてこのお店超安泰なのではないか?
「やっぱりお孫さんもこのお薬使ってんですか?」
はい、ちょっとしたイジワルです、この質問。認めます。
「孫はまだ若いからねー」
おばちゃんあんま変化球投げない。
既に机上に取り出している薬一セットを袋に入れ他のを機にこちらも冷やかしでないことを明らかにすべく万札を一枚。するとおばちゃん
「二つで一万円に負けるよ〜」と
モノがモノだけに別に得してるとも思わない。が一応同行者もいることだしあんたは買わないかどうか聞いてみると
「まだ若いですから」
ああさよか。
と云うワケでとりあえず一つから試したい旨伝えるとおかみ、「わかった。ちょっとまってねー」と奥の方へ。一連のやり取りはただ単に万札を崩して釣りを出すのが面倒だった、それだけのことらしい。
お金崩しに向かった奥の方もまた、お金を崩すのか荷物が崩れるのかわからないような雑然振り。「ところで、表の看板は?」お客なので遠慮無く聞く。
「あれねー、わたしが書いたのよ。お客さんの運転手さんに勧められて『ヘタクソでも良いから自分で書いた方が目立つ』って。目の前国道でしょ? トラックの運転手さんとか見てくれるしあれ見て興味持つお客さんもいるから」
あの字面は電波でもなんでもなくおかみさんの直球だったか。どこまでも直球、見事に引っかかった私。
先程も述べたようにそのおかみさんの直球看板は店内にも夥しい数飾られその雑然振りと相まって全く違和感のない様子。ただ、店の奥の方、その雑然に埋もれさすには少々もったいような黒光りする立派な、威厳さえ感じられる看板が。観光用の、今は既に生業を廃業してしてしまった古民家に往事の面影を伝えるべく掲げられているのに出会うこと多い黒い由緒正しき薬屋の看板。それがもはや埋もれるように・・・。
「こちらのお店、見た目も大分古い佇まいですがいつ頃から開かれているのでしょうか?」 私が「ボロ」い、の言葉を飲み込んだのは遠慮の気持ちだけでなくあの看板に幾分かの敬意を払ってのことだと認めよう。
「ウチは古いのよ。明治時代からずっとよ」
確かに古い。だが近代を越えないことに正直少々拍子抜けするが、その次におかみさんが継いだ言葉に自分の不明を思い知らされる。
「ウチの家はねぇ、元々秩父の名主の家で、ほら、明治時代の百姓一揆」
「秩父事件のことですか?」
「そう、秩父事件に荷担した名主の一人で、事件の時逃げ出して捕まるのを恐れて名前を変えて北海道まで逃げて、ほとぼりが冷めた頃にここまで帰ってきて薬屋開いたの。あれはその時からある看板」
え? 井上伝蔵の仲間か! 草の乱だよ!? すごくない? 格好良くない?
あの看板の威厳は見かけだけでない。直球しか投げないのに妙にクセ球ばかり持ってるおかみさんだ・・・正直この不意打ちに私同行者共々少々興奮。なんか奥の雑然とした山の中から事件の資料と思しき冊子出してきてるし・・・なんかもう探せばいろいろ出てきそうで、いろいろな意味でおいしいな、このお店は。
まだいろいろと話は聞きたかったんですが、我々の後に次の客(カップル)が現れたのでこれ以上の無駄話は営業妨害となりそうなので立ち去ることに。おかみさん、次の客がカップルと本領発揮とばかりに営業してる。うむ、直球だ。
返りは県境を越えて南側から帰ろうとその道すがら、あのお店の将来についてツレと話した。薬店としては跡取りの心配は無いが、息子がマトモに調剤をやるとしたら役所があの佇まいを認めるわけが無かろう。現在の売れ筋まで息子が継げるのか、おかみさんがどーしても次いでもらいたいのならどーゆー相続のシーンなるのか他人事ながら気になる。まあ、おおむね安泰だろうから良かったねと。しばらく歩いた後たった一つだけ残された未成線の橋脚の横を通り過ぎて河原に出る。川を越えれば県を越える。
ちなみに買ったお薬はまだ試してません。