尺別鉄道線廃線紀行その1 尺別駅

 根室本線尺別駅はたいそうな秘境駅となっているとのこと。Wikipediaにもそう書いてあるのだからきっとそういうことなのだろう、と鵜呑みにして小幌駅にも小和田駅にも行ったことのあるあなたはたいそう落胆して勢いそのまま尺別駅構内少し出て右に尺別鉄道分岐跡前方に小さな橋が見える辺りで鉄道に轢かれて死んでしまおうとする、その前に無残に崩壊した尺別炭山駅舎でも見てそんな落胆など大したことないと気付くべきだ。そして人身とか起こしてこれ以上JR北を追い込むのは止しておくべきだ。


 諸事情あり、尺別駅に着いたのは平日11頃。駅探索が主目的でないので交通手段はバイク。主目的ではないとはいえそこは駅寝するほどの駅好きの*1身として駅見学に多少の時間を割いても罰は当たらないだろうとまずは尺別駅を中心に周囲を見て回りましょう。

 かつて尺別から尺別炭山にかけて炭鉱とその周辺を生業とする人々が多く集まり大いに栄えたとのことですが、産業無くなった後に残るのは広大な荒野という形式道内どの場所でも全く変わらぬ構図で尺別駅周辺もその市街地の名残と数件未だ生活臭の残るお宅、数軒のあといくつか冬を迎えれば野に埋もれるであろう傾いた廃屋、残るは枯れ薄の生い茂る荒野と消滅するより他行き場のない見事な市街地の跡が広がっております。

 その中で目を引くのが映画『ハナミズキ』のロケ地となったと云う建物。私はこの映画観てないので何の感慨も浮かんできませんが、尺別駅ホーム花壇にはそのロケ地故後者を歓迎する立て札、荒野の中痛まぬよう整理されたそのロケ地跡の建物、今やほぼ唯一であろう尺別駅に来てくれそうな貴重な資源をささやかに守っている様子が垣間見える。非常に解り辛い事に、ささやかな持続ほど努力を要するモノはない。

 もう少し、よりその努力の継続を促す依り代を知りたいと思えば、眼前の滅びかけた市街地を目をこらして眺めその在りし日の建物と町並みの姿を想像する前に、今は守る人無き尺別駅舎内に同じく縁ある人々によって守られていると思しき駅ノートを捲ってみればよいと思う。

 多く書き込まれた縁もゆかりもない人のただ何もない事への賛美と映画のロケ地を巡る声の記録に混じりかつてこの場所を生業の場所としていた人達の何十年ぶりかに訪れた記録の意外な多さに驚かされる。今や尺別駅は、そのような人々の為に最も必要とされている事実。

 「今や何もない」「ただ街の跡が残る」そんな尺別駅とその周辺をもう一度、今度は駅ノートに書かれた思いを胸に眺めてみよう。ただ廃臭に身を委ねるに任せている半秘境駅の、その全てが好ましく、愛おしく、侵しがたい気配がこの場所を愛する全ての人々のために用意されるその替え難き芳香を放っている事実に気付かされる。

 一方で道東の自然に抗う術もなく所々朽ちるに任せる構内設備に否応なく戻される厳しい現実。

 現実と言えば私は、かつてこの駅より伸びる路線を追う廃線行に来たのだ

 尺別炭鉱方面へ伸びる線路は、駅構内から少し離れて帯広側、川を渡る小さい橋の手前、防雪柵間に隙間の有る所を北に向かって伸びていたらしい。お手軽な某航空写真を見ると線路と平行して北側を走る国道36号線に向かって緩いカーブを描く筋が原野の中を走っているので恐らくこれが廃線跡なのだろう。

 残念なことに徒手空拳のままこのどのくらいの間か放っとかれている草生い茂る原野をわずかな痕跡を探して突っ切るのは難しい。ここは廃線跡辿りは置いておいて、



 恐らくはこれを最後に二度と訪れること能わず、恐らくは数々の思い出の中に沈めたまま訪れることの能わぬ人々多い、その事実だけで容易に去り難し好ましき駅の余香を思う存分に授かり、この駅の印象を永遠に留める時間を過ごそう。暫し。

*1:別に好きと云う理由のみで駅寝してるワケではない