空飛ぶ駅寝・・・宇都井駅

 広島駅各ホームの構造が意外に古かったことと関連して広島駅では芸備線のホームがわからずまさかあそこに停まってる長大なディーゼル車じゃあんめぇと勝手に思っていたのがまさにそのディーゼル車だった衝撃と吉田郡山辺りで開けっ放しの列車内が恐ろしい勢いで冷えていく安芸山中の意外な寒さ、そして乗客の話す野趣溢れる広島弁の豪快さたるや驚愕と郷愁と境界を感じさせてとても好ましい。例えるならこの車内あのクロスシートの辺りに飄々と出雲弁で謀略を解く尼子経久と京公家言葉の端々に山口弁が混じったイヤミったらしい大内義隆が同席している中一番最後に現れたまだ甥の陣代やってる若い毛利元就が態度は卑屈なクセに一番ドスの利いた広島弁を喋るようなモノでしょうか?よくわかりませんよこの例え。いずれにせよその状況下普通だったら真っ先に大内義隆をぶん殴ってると思うのに尼子を裏切って大内方に付いた元就の肝腎たるや流石です。

 さて、吉田郡山から少し先三次駅も同様に山の中なので結構な寒さです。三江線へはここで乗り換えるのですから私は当然降りなくてはいけませんがこの車両自体が三次止まりなので乗客は強制的に全員降りさせられます。事前の調査でこの時間の芸備→三江線の乗り換え時間は3分ほど、コレを逃すと次発5時間後と期待通りの状況下、芸備線の車両が旧国鉄時代に造られた鋼鉄製のゴツい車両を使っているのに終点三次駅で待ってる三江線の車両はいかにも「コスパホでござい」といった感じのステンレス製の薄っぺらな車両、このギャップに苦笑しながら現実は乗り換え時間3分以内に跨線橋を渡らなければいけない、跨線橋エレベーター無い、乗り換え客お年寄り多く「こんなゆっくりで間に合うんか?」ってな位ゆっくりと歩いているので後がつかえる、とコレも見事な状況。少々焦り気味になんとか後部扉から乗り込んだコスパホ車両内、一瞬目を疑るばかりの混み具合。名うてのローカル線と聞いていたのでさぞやガラガラなのだろうとの予想も外れなんかのツアーらしく満席、吊革持ちもいっぱいといろいろとキツかった乗り換え、いいぞ三江線。皆さんもっといつでもたくさん乗ってください。

 三次から二つ目、粟屋駅前で立ち話していたどこぞのばーちゃんの連れてるネコがすげーデカかったので広島島根県境辺りのねこは皆デカいと刷り込まれたり3駅目で秘境駅が登場したりとのっけから野趣溢れる三江線はほぼ江の川に沿ってぐにゃぐにゃと異常な線形を守ってゆっくりゆっくり日本海へ向かいます。ああたのしいたのしい。

 で、そんな三江線の目的地。言わずと知れたこの駅。もう言わなくても良いと思います。

 車掌運転手でさえ「まさかここで降りる客なんかいねぇよな」と云うような駅で降りる時、しばしば「は?」みたいな顔を職員さんにもされるものでもう慣れっこと云ってもよいのですが今回の宇都井下車は違います。列車内に運転手以外のJR西職員がおりましてどうも三江線の利用状況を調査している模様。私とその他いかにも旅行者風の人たちを除いて乗ってくるお客様にアンケートを取っておりました。おそらく今後の路線存続の参考とするのでしょう。ひとりひとり尋ねては引き出される地元民の血の出るような悲痛の願い全てが三江線を存続させる大きな力となるはずの声、実際は乗る人悉く高齢者なので一様にめんどくさそうに答えていた姿がとても印象に残ります。そのアンケート係西職員が宇都井駅で降りる明らかに住民でない私に深々と頭を下げていたのがとても恥ずかしくて困りました。もっと、本日はたくさんいらっしゃるテツ趣味欠ける一般客がまるでキチガイを見るような目付きで見送ってくれる、そんな方が私としては楽なのです。がんばれ!三江線

 まず一言。「宇都井駅から見下ろす景色はとてもヨイ」お世辞でも何でもなく事実です。ホームに立てば一目瞭然、山を貫く高所トンネルとトンネルの合間に通した鉄橋にあるわけですからその眺めの悪いワケはありません。こんな事もあろうかと広島駅で購入した駅弁を開けて食うにこんなに適した場所はない。そして広島から芸備線経由で三江線に至る乗りツブシ行で駅弁を買うチャンスは広島駅以外ではない。

 チャンスと云えば何かの理由で駅寝を諦めるチャンス、本日あと2回残されております*1。即ち三江線江津方面上り列車が18時台と20時台に一本ずつ、いずれにせよ次の列車まで7時間、宗太郎駅に比べればたいしたことはありませんが*2それでも結構な大概。

親切な事に宇都井駅には地元有志(小学生とも云う)作成による心のこもった観光地図が置いてあります。見れば多くの観光スポットが揃っているようです。問題は一番近くのスポットまで5キロくらいあるのにバスその他公共機関が全くないことです。ですから、みんな、三江線を使おう!

 引くも*3止まるも考慮の時間は約7時間、一寝入りしても充分おつりの来る時間、むしろ何故旅先で周囲に何かあるのかワカラナイローカル駅に来て寝てなきゃならないのか、最早答えは充分わかりきってるようなモノです

 問題と云えば、今回一応宇都井での一泊もしくは何処ぞでの屋根無し寝一泊くらいを想定して寝袋やら何やら大仰な荷物を背負ってきていると云うコト。都会の、例えば国道駅で駅寝しようと云うのならこの大仰な荷物持ち歩きで駅周囲を回ったり「国道下」で一杯やったりするのは必定なのですが

 どーせ次の列車7時間後、そもそも降りる人など居ようか*4、そして外界からこんな徒歩階段昇降のみで至る天空の駅舎まで至る物好きの居ようか

 結果荷物は置いての宇都井観光。おかげで足取り軽く見所多く、有意義な宇都井観光の顛末は別の機会に譲ることにします。

 さて、大した宛てもなくふらふら舞い戻る宇都井駅、山の先谷の向こうの闇の中結構遠くからでもそれとわかる山間異景仄かな灯り、時期になると色々と光るオブジェを置いて宇都井駅ライトアップに彩りを添えるとのコトですが、当然の如く季節ハンパな秋の口開けに縁もゆかりも無い旅人・・・旅人と云うのも憚られるような諸処迷いに迷った彷徨人の為に供してくれる灯りなどあろう筈もなく、それ故の山陰山間に孤高を保つ無人駅の矜持なのか、などという言葉は例えば私が日の暮れるまでこの地に留まり今また116段の段数を踏みしめて最上階のホーム階へ至りながら列車に乗らないのは何故かと云う素朴な疑問を考えないようにするいつも通りの稚拙かつ適当に旅情を汚すために吐き出された類の言葉なので気にしないように。

 別に日の出る間それほどの賑わいを見せる土地柄でなく、謂わば昼は昼とてほぼ静寂、夜は夜ゆえその静寂何ら変わるところ無く、自らの業が生み出した行の如く踏みしめる116段の最中響くのは己の足音と闇夜の向こうで流れる水の音、それと時々響く羽音

 何の羽音でしょうか? 蛍光灯にたかる蛾はそもそも羽音など発しません。それでは一体? もったいぶっても仕方ないのでさっさと白状しますが、要はキイロスズメバチの巣がどっか近くにあるらしく、日暮れて後も闇夜に爛々と輝く蛍光灯の僅かな温もりを求めて集まって来ているというワケなのです。

 今まで「光」とか「闇」の話ばかりであまり外気の程度について触れては居ませんでしたが、日中大汗掻いて周囲歩き回った気候とは打って変わってさすがは山陰の山間、確実に秋の気配を感じさせる冷気に包まれて正直恒温動物も油断すれば体調崩しそうな日夜の温度差、取るに足らない変温動物の虫共が僅かな暖を求めてこの空へ向かって116段、天空の塔駅へ突撃してくるのも尤もなコトです。

 ただ問題は、そんな冷気を避けて羽音をワンワン謂わしてるスズメバチが飛び回ってる中に今夜の宿を取らなければいけないと云うことで、そんなスズメバチ天国となっていようとはつゆ知らず、先程外気の冷感を思いながら116段上を登っていた時にはあまりに冷えすぎて持ってる寝袋では暖を保てず白金カイロ導入かと思っていたくらいですが

 いざ116段上りきった最上階の待合室、周囲窓には悉くガラスがはめ込まれ外気をそれなりに遮断する作りに、この最上階より一つ下の踊り場など隙間から冷気がするすると入ってきて外と殆ど変わらん体感だというのに一つ登ってこの最上階、正に長大な塔を登り終えた者だけその姿を垣間見る神秘の庭園の如き快適な空間を用意している、事との引き替えにキイロスズメバチがわんわん跳び回っているという下手したら致死レベルのトラップ。

 多少なりとも山中入って動き回る身、一応日本の三大害獣、クマと毒ヘビとスズメバチに対しての対処は簡単に頭に入れいますから、まあこういう時は刺激せず、落ち着いていればヤツも何処ぞの階段下なり隙間なりからいなくなるだろうと、まだ寝るまで時間もある宵の口、本でも読んで落ちつていようと

選んだのは平山夢明でした。うん、全く落ち着かない。

 そうこうしているウチに最終列車が去っていく。もちろん最終列車が来ようがバカが灯下平山夢明読んでようがそんなことは関係なしとばかりにキイロスズメバチ、二カ所ある蛍光灯の間あっちへふらふらこっちへふらふら・・・時々思いっきり蛍光灯に体当たりして「ゴン!」とか音ならしたりで全然落ち着かない。

 まあ考えても仕方がないので、お休み前のおトイレ及び歯磨きのため階下116段下へ。途中歯ブラシ持ってくるの忘れて一度戻っておよそ1.5往復。116×2の段を踏みながらいちいち夜中トイレ行きたくなったらそれこそコトだなと思いながら一方で天上より明らかに冷たい下界の空気に心地よさも感じる
  そしてこの間ずっと、当然の如く頭上をスズメバチがふらふら。

 116段の後半に差し掛かる頃から余り好ましく無い羽音とその主キイロスズメバチがちらほらと、中にはちょうど階段の辺りに羽を休めていたりと危うく踏み潰しそうになる場に至りと、116段最期の一踏みまでなかなか気を抜けぬ。せっかくなのだからその天上へ重き道のりを踏みしめる一歩一歩を楽しめばよいのにと

 例えばあのような

 このような

 地元小学生が作ってくれた激励を素直に受けながら

 でもですね、用足しにトイレ行って途中忘れ物して戻ってまた降りてああもう! と116段を繰り返し行ったり来たりしてるともうこの激励が段々ウザくなる。一生懸命作ってくれた諸君には悪いけど

 更に生憎なかなか云う事を聞いてはくれないやんちゃ腹を持つ性故用済ませた直後だろうが漸く寝に付いた後だろうが何度でも116段を下る上るの行、遂には目に入る度苛ついていた件の激励も目の前通り過ぎるだけで何も感じなくなる。更には無心その先の昇華、心やがて感謝の気持ちで満ち満ちてくる。ああなんてありがたいお言葉なんだろう、このお激励が目に入る度に手を合わせ涙を流しながら次の段へ、116段への道のりへ。

 なんともこの116段の道のり、業を乗り越える苦行であったかと最期はお遍路終えた気持ちにもなって

 軽くなった心のままに足取りまでも軽くそのまま116段を越えて更に天上へ上るかの如き心持ちで

 寝袋に入る・・・「あー往き還りしすぎてなんだかよくわかんねからもう寝てるうちに刺されたってどーでもいいや」・・・これを悟りと云わずなんと言おう

 さて、無心感謝の行が効を為したか蜂にも刺されず、どころかあれだけワンワン飛び回っていた蜂はいずこかへ姿を隠し

 天上駅に細々日の光が差し始める

 一方で眼下当然の如く未だ光は届かない

 この谷間の集落で、一番先に日の恩恵に授かるのは当然の如く天上一際高所に在する宇都井駅。にもかかわらず宇都井駅を利用する人は皆無に等しい。贅沢と取るか無駄と取るか、まず116段往復する無駄を経て考えよう。

 そうこうしている間に耳慣れぬエンジン音と見慣れぬバスの姿。あれが例の

 萌えキャラで取り繕ったってお前の考えはわかってる。

 でも毎日だぞ、このご時世誰にも優しくない116段を上って列車に乗るのは。

 だからといって一駅寝者にどうこう言える意見などあるはずはない

 私に出来る事は次に来る列車に乗って江津駅へ、列車に乗って天上を離れるくらいのものである。


*1:戻り可能なフリー系切符を使っているワケではないので下りは除きます。生命の危機がない限り

*2:http://d.hatena.ne.jp/sans-tetes/20100318

*3:この場合「駅寝を諦める」ので進行は前に進んでいますが勝ち負けで云うと負けなので「引く」です

*4:Wikipedia先生によると2010年度乗降数0人