神秘珍々ニコニコ園橋本園長の言葉から

sans-tetes2007-05-23

 知る人ぞ知る、埼玉県東松山市が誇る偉人。今回この記事を書くに当たって初めて知ったのだが、本年3月に亡くなられたそうで、園の方はその半年程前に閉鎖、秀逸のお宝と建物は既に撤去されたとのこと。合掌。私が訪ねたのは平成13・4年頃で、園長の橋本氏はその数年前に病気を得て入院されていたとのこと、以後体力の衰えから園の管理が少しずつ疎かになってか、園の外観、園内の収蔵物が少し荒廃した感じであった。人気のない入り口から声を掛けるが反応なく、一瞬只の廃墟かもしれないとの不安が過ぎる。「入園者・ご用の方はこちらの連絡先に」確かそのような文言が入り口にかかっていた気がする。呼んでも反応内ので当然その連絡先に電話。すぐに老人らしき声で電話に出る。その向こうからなんだか家族が団欒しているような声。入園・見学したい旨説明すると園長自ら案内してくれるとのこと。既に園長のキャラクタは伝え聞いていたので期待と多少の緊張とで待っていると、電話が切れて5秒位で一番近くの扉を開けて出てきた。てっきり奥にでもある住居からどっこらせとばかりに登場するモノとばかり思って構えていたので、まったくもって何のことのないこの登場に、返って度肝を抜かれてしまった。扉の向こうではなんか子供の笑い声がまだ聞こえるし。
 基本的に園長さん、リタイヤした隠居の道楽で案内しているというような立ち位置。平日の、真っ昼間から訪ねてくるような典型的ダメ人間の私を何の偏見もなく親切に、またコレクター自らの案内という強みから生じる色々興味深いお話をして頂き、なおかつやたら写真を撮りまくる私のペースに合わせて頂くなど、今思えば大変親切にしていただき、今更大変に感謝。
 この、奇妙なテーマパークについての当時のレポート及び感想はここでは述べません。機会があれば。ここまで前書きで引っ張っておいて何が言いたいかというと、橋本氏に案内・説明してもらいながら頂いた「お言葉」の中で、今現在の自分の状況と関連して、フラッシュバックのように浮かんできた言葉があったので。その紹介を。
 橋本氏がその自慢の収蔵品を説明付きで紹介する中で、しばしば「詳しくは忘れてしまった」との言葉が出てくる。そのうちその「忘れてしまった」理由が明らかになる。冒頭で述べたように、橋本氏はこのときから少し前に体調を崩されて入院されたことで、このころは十分回復はされてはいたが、体力的に衰えてしまったことはご自身でも自覚されていた。どうも手術で「腸」を取ってしまったらしい。そして、その「腸」を取ってしまったことで「一緒に記憶まで無くしてしまった」と述べられていた。たぶん、氏一流の比喩的表現なのだろうが、「臓物に記憶が宿る」という考え方が大変おもしろく聞こえて、今になっても強く印象に残っている。私は「心は頭ではなく胸に宿る」と全く根拠のない説を固く信じる。何となくそこに繋がるような氏の言に共感したのかもしれない。氏としてはそんな大それた意味で使ったつもりは毛頭なかったであろうが。
 あと3日もすれば、産まれた時から私に収納されていた臓物の一部が取り出されて、永久に離ればなれとなる。生理学的にその臓器が持つの能力の他に、何か別のモノまで失ってしまうように感じるのは、受容の所作のうまく働かないが故に生じる一時的な抑鬱状態が作り出した妄想か?もしも、何物にも代え難き人生のパズルの一部が臓物と共に抜け落ちてしまうこと、それが予め用意された解答だとすれば、解答を導く式そのものを、断固として拒否する。