『散歩する霊柩車』

 よくわからない題名で観客の恐怖心を煽る、と見せかけて全然怖くない。けど面白い。
 しがないタクシー運転手の麻見(西村晃)にとっての唯一の自慢は、不相応に魅力的な妻・すぎ江(春川ますみ)の存在。当のすぎ江は仕事で留守がちな主人の不在を良いことにあちこち相手をとっかえひっかえ浮気をし放題。ある日麻見が乗せた客(岡崎二朗、実は浮気相手の一人)からの話しから妻に不信を抱く。家に帰って妻を問いつめた結果、妻の不貞の事実は明るみになるのだが、すぎ江はそれを逆手に取った金儲け話を提案、それはすぎ江に不貞を後悔したという設定の偽装自殺をさせ、用意された遺書にほのめかされてはいるが名前の記載のない浮気の相手を強請るため、「喪主」の麻見がすぎ江を乗せた霊柩車でもって浮気相手の中から金持ちそうな連中を訪問して回る、という物。
 観始め当初は落語の「らくだ」(死んだやくざ者の「らくだ」の香典を集めると称して近所を訪問、断った奴には「死体にカンカンノウを踊らす」と脅して本当に死体を持ち込んで、金払うまで踊らせて回るというやつ)を想像。落語では生身の(?)死体持ち込んでくるけど映画の方でも浮気相手の職場に(病院だけど。別のシーンで守衛役に小沢昭一、頭のおかしい隠亡役に浜村純といろんな意味でスゴイ)霊柩車で横付けしたりとかなり過激。落語の方は中盤、攻守逆転のどんでん返しから思わぬ筋の展開を見せているように、この映画でも計画通りに大金をせしめて、といったところからこの期に及んでも浮気性の治らないすぎ江の行動が原因で事態は二転三転、思わぬ方向に進んでいき、内容はミステリーじみた様相を帯びてくる。
 登場時は風采の上がらない情けない顔した小男、悪事への荷担によってその狡猾な本性がありありと表出、同様に狡猾この上ない詐欺師達との騙し合いに対等に渡り合い、勝利の末に見せるのは抜け殻然とした憔悴の表情。この表情でもって「喪主」として霊柩車の助手席に座る西村、隣にはこんな役柄なのに何故かノー天気に見える(=何を考えているのかわからない)霊柩車の運転主役の渥美清が黙って車を運転する。モノクロ画面の霊柩車の中に西村晃と渥見清、なんだこれは。作中、大金を握るために繰り広げられる呉越同舟合従連衡によって、その場その場だけで仮初めのペアが生じる。「愛し合い」「騙し合い」「殺し合い」とパートナー間で繰り広げる結果的に淘汰に繋がる一連の行動、その末に用意された最後のペアがこの2人組だなんて、「その時」までにこの2人の間には漫才みたいな掛け合いしかされてないだなんて・・・素晴らしすぎる。
 水戸黄門でもないのに「悪の栄える道理なし」の原則(?)そのままに、最後は誰もいなくなる。後に残った霊柩車の残骸と風に舞うお札、そんな喜劇の締めくくりにぼよ〜んぼよ〜んって嘲笑うかのように響く口琴の音色がもうこれでもかとばかりの徹底振りに聞こえてしまう。オールナイトの締めくくりにも関わらず最後まで飽きることがなく楽しめ、お陰で変なテンションがしばらく収まらず困ってしまった。