『フロンティア』

 日本の場合、悪い事した連中が、逃亡の途中に立ち寄るのは山奥の鬼婆の家。肝を取られるため皆殺しにされる。中国となるとちょっと進んで(?)食堂になって、山ん中だろうが街中だろうが場所関係ない。貴重な素材で作られた饅頭に、お客は思わず舌鼓を打つ。アメリカだったらやっぱ広大な農場の奥でせっせと牛と豚殺してるお肉屋ですか? で、フランスの場合は国境近くに暮らしてるナチスの生き残り。国それぞれ、伝統と文化に深く根ざしたキチガイがいるという興味深いエピソードですね。
 しかし、私って本当にキチガイが好きなんだなぁ。もちろん映画の上での。さて、本作においてこのキチガイ一家宅に迷い込んだのは、移民階層の若者達。決選投票に極右が残ったことで大混乱が起きている大統領選挙、暴動まで起きる中そのどさくさに強盗を企て、官憲の反撃にあって仲間一人を失い逃亡の最中。いけません。あなた達の立場に理解はするが、その行動はいただけません。法を犯すことで祖国に対する反乱を起こした4人の若者は、その祖国の辺境で国家を超越する秩序を体験する。
 迷い込んだ旅人達を、一家の長、ナチスの狂気を今なお伝えるお父さんの命令の元、体躯は立派だが未だに嫁募集中の頼りない長男、我が儘なブロンド美人の長女、マッチョで短気でホモっぽい宿屋のオヤジ(次男?)、暗そうで表情変えずに男を誘う次女、どこからどう見ても「屠殺屋でござい」の作業用エプロンを食事の時にも外さないから血の臭いと体臭とで物凄い臭いを発してそうな愛妻家の素デブ(三男?)が襲いかかる。
 逃避行の元、来るべくして訪れた若者達。屋敷内・ブタ小屋・地下坑道とひっろーいキチガイの邸宅内を次々現れるキチガイ達に追いかけ回され、一人は屠殺場で逆さ吊りに、一人は蒸し焼き、もう一人は足の腱を切られて首輪をはめられブタ小屋に繋がれ殺される。唯一残った女は新たな一族に加えられるべく、手枷をはめられて監禁される。で、もーどうしようもない状態にまで追いつめられた彼女が危機を脱するきっかけとなるのが、元ナチスとしてここまでの人生結構うまいこといっていたであろう一家のお父さんの慢心が生み出す油断であって、その突発的な偶然も絡んでお父さんが殺されたことにより、女の逃亡劇、お父さんの復讐劇、その過程で誕生したもう一つの復讐劇と三つの思惑が絡みながら、再びこの一家の敷地内で追いつ追われつが始まって。
 『屋敷女』でもそうだったけど、フランス人って女の全身に返り血浴びた女が大好きなのかな? あまりに想像を超える出来事が続いたせいで肉体的ダメージと精神的ダメージで足取りもおぼつかなくなった主人公の女(名前知らない)にやたら返り血浴びせるもんだから、最後のはほとんど歩くマッチ棒状態、彼女が結果的に助かったから最後まで凝視できたのかな? 最後に彼女を助けたのが、物語の最初で彼女と死んだ仲間達が背を向けた「国家」の機能であったのは、キチガイ屋敷で行われた出来事がまるで悪夢かと思われる、と思いきやラジオからは大統領選挙での極右候補の動向と暴動の様子が流れたりと、フランス(EU)が抱える問題点と何か関連しているような描写。「殺戮」と「キチガイ」の行間に、この作品の監督が言いたいことが垣間見える。「ただのスプラッター映画ではないぞ」と。
 ナチの残党繋がりということで、ユーロスペースでやってる『敵こそ、我が友〜戦犯 クラウス・バルビーの3つの生涯〜』を観た後にこれを観ると更に面白いかも。ところで元ナチのお父さん、あなた、子供の育て方間違えましたね。それが全ての崩壊の始まりになるなんて予想付かなかったでしょうが、それがアーリア式家長の在り方なんでしょうか。ナチキチガイを指さして笑うのも好きですが、この一家で一番好感が持てたのは身重の妻に優しい愛妻家のデブというところ、結構自分はマトモでよかった。でもこのデブ、臭いがきつそう。