『時代屋の女房』

 時代を売るから「時代屋」。大井町、三ツ又身代わり地蔵の向かいにそんな名前の骨董屋がある。ある日、日傘をさして猫を抱えた真弓(夏目雅子)という女がやってきて、そのまま店の主人、安さん(渡瀬恒彦)と同棲を始める。一緒に暮らしながら、お互いの過去には触れないのが暗黙の了解の二人、真弓の方は時々どこかにふらりといなくなるが大抵はしばらくして帰ってくる。いつものことと気にしない(振りをする)安さんを後目に、今度は思いの外長い不在。行きつけの飲み屋で出会ういつものメンバー、サンライズのマスター(津川雅彦)やクリーニング屋の主人(藤木悠)に煽られてだんだん不安になる安さん。ヒントは「東北」。そんな中ふらりと現れたの美郷という女と安さんは一夜を過ごす。彼女は明日東北帰るという。クリーニング屋の主人は嘗ての思い出を求めて郷里へ旅立つ。夜逃げをキメたマスターに付いて、安さんも東北へ向かう。
 徹夜明けの寝ぼけ眼、夏目雅子の美しさを再確認する。「真弓」と「美郷」。当然、「アブさん*1を抱いてふらりと時代屋に入ってくるシーン」から「歩道橋から時代屋の2階に向かって笑顔で手を振る」シーンまで、「真弓」の姿から目が離せない。けど、私が好きなのは、なんだか形が半ノラネコのような「美郷」の方。暗いから? 初登場シーンは確か、三ツ又身代地蔵の前のベンチに座って時代屋に背を向けていたな。やっぱり近くには、アブさん。「お願い。明日、駅まで見送って。そしたら泣きながら走って見送って。」月並みな別れのシーンだけど、私は好き。彼女が乗る電車が、それだけでは決して故郷に着くことのできない「通勤電車」なのがまた良い。彼女は恐らく上野で降りず、大宮まで乗り続け、そのまま降りずに同じ電車で引き返したのだろう。引き返してきても、大井町の駅から降りて路地伝い、脳裏に焼き付く町並みが今でも同じとはありえない。古トランクの奥から古いキップが出てきても、その事実は変わらない。壺の口いっぱいまで涙が貯まったら、それ以上に流れてくる涙はどこに貯めておけばよいのだろうか。断っておくが、ストリートビューでこの場所は見ない方がよい。

*1:彼女が連れてきて一緒に住み着いた三毛猫ね