『悪名幟』

 あてのない旅の末に再び大阪に帰ってきた朝吉(勝新太郎)、舎弟分の清次(田宮二郎)に急に金を渡してカタギに戻り故郷へ帰るように一方的に言い渡す。納得のいかない清次ではあるが、最後の杯と暖簾をくぐった鍋料理屋で飲み食いしすぎたせいで勘定が足りなくなる。幸い料理屋の娘のお米(水谷良重)に気に入られ紹介された賭場で一稼ぎすることに。そこでブラシ工場の女社長、お政(ミヤコ蝶々)を相手にボロ儲けするが、会社の運転資金まで遣い込んだお政に儲けた金を返してもらえないか懇願される。仕方なく賭場を仕切る遠藤(佐藤慶)に頭を下げるが、賭場の仁義に反する事に一存で返事はできないと更に元締めの元へ押しかけることになり。

 流れのヤクザ者ながらも筋目を通すことに体を張る朝吉親分に腕は立つがお調子者の舎弟清次が行く先で起こす騒動を描く。朝吉は下戸との設定故、料理屋行っても、交わす杯も、全てバヤリースオレンジ。いや、若山富三郎お兄ちゃんの間違いでなくて。オレンジジュースに舌鼓を打つ勝新は新鮮で可愛い? いつでも筋を通す故に呼び込む無用なトラブルは全て身一つで挺す。それでも我慢できないことがあれば腕っ節で片付ける、わかりやすい河内気質(よう知らんけど)を痛快に演じる。もちろん河内と言えば河内音頭もお手の物。このシリーズ他は未見なので想像でしかないのだが、タブン、この勝新の喉で奏でる河内音頭はシリーズ中のお約束なのでしょう。けど毎度勝新の喉を聴けるのだとすると大変な贅沢。作中では2回、酒の席と恩人正太郎親分(内田朝雄)の葬儀の席で。この頃は現在メジャーでなかったの河内音頭を敢えて挿入する当たり、古き良き大阪の心意気を伝えようとする原作の気風が伺える(未読ですけど)。実はもうちょっと聴いていたかったりもする。そんな朝吉が賛歌を捧げる正太郎親分、ミナミ一帯の賭場を仕切る大親分なのに普段は料理屋の下足番をしてるという所も昔の大阪気質なのでしょうか?(単なるクスグリなだけかも知れないけど)。大親分演ずる内田朝雄もこんなとぼけた妙味を出すかと思えば、あまりに金にあくどい子分を峻厳に律する、このメリハリを上手く出すさすがな演技。で、この大親分にどやされてせっかくのシノギを奪われ面白くなく、あの手この手の陰謀を巡らすのがお待ちかねの佐藤慶なワケなんです。言わなくても判るでしょ?
 ヤクザに限らず世代間の持つ断絶にも等しい隔たりを描くのは映画の題材として在り来たりと言えるわけですけど、そんなご多分に漏れず、この作品の佐藤慶は義理人情筋目第一で経済的でない思想を大事にする親分が気に食わないシノギ第一の今風のヤクザ。古臭い親分など折を見て反目を・・・ってあれれ? この構図の佐藤慶『関東破門状』と正反対? なんか妙なフラッシュバックが起きる仕掛けになった上映順だなぁ。 
 フラッシュバックはさておき、あとはこっから、見るべき所は雪崩の如き姑息な計略。「あれはおめぇが勝手にやった。その代わりおめぇはここにはいない。」手段を選ばぬ姑息な奴め・・・許せん! もっとやれ! でもっとやって最後は子供まで盾にとって朝吉をボコる。何度こういうシーンを見ても思うこの感じ。行う悪事の悉く、絶対に自ら汗を流すことはない。こんな男がこんなに格好良く決まる役者が他に? そんな佐藤慶の(ここまで自分のシノギをジャマされた)勝新への仕返しは、「佐藤慶の手下役に囲まれて両膝を付く勝新の顔面へ向かってムチ二発」その後くるっと後ろを向いた後、ぼそっと「可愛がったれ・・・」。佐藤慶フリークは、つまり、このセリフを待っていたわけでして・・・。*1 
 以降、田宮二郎も加勢しての仕返し劇。本作、凄惨にキったハったのシーンはなく、全体的にコミカルさを失わず、あくまでも明るい調子で描かれている。田宮二郎の役割はその権化と言えるが、勝新も加わってのアクション、シリアスさは全然無く、ただ痛快といった感じ。この映画を観に来た人にとってはこれでよいのでしょう。もちろん佐藤慶は手下を繰り出して応戦するも最後は路地裏のゴミ捨て場に引きずり出さた挙げ句ボコボコに。も一人の悪役(島田竜三)共にもう「どや、参ったか」状態だろう、と見せかけて・・・勝新が奪い返し手に持った権利書*2にヨロヨロになりながら手を伸ばす佐藤慶。ヘタに根性ありすぎて笑う。当然一瞬にして勝新に一蹴。「なんや?まだ手出すんかこのガキャ!」のセリフと共に、完全にボケとツッコミと化していて爆笑した。このダメ押しのシーンが笑う場面として狙ったのかどうか非常に気になる。

*1:この「着流しの勝新がスーツの佐藤慶に跪く」シーンて、「愛すべき任侠モノ」と「憎むべき暴力団」と言う幻想と現実との象徴なのだろうか? 何故勝新の演じる朝吉が拍手喝采を浴びるのか、端的に表している重要な場面だと思うけど、敢えてそんなことはどうでも良いことにしておきましょう

*2:この殴り込みの一番の目的は、姑息な手段で佐藤慶ミヤコ蝶々から巻き上げた工場の権利書を取り返すこと