『地獄』

 かねてより付き合っていた恩師矢島教授(中村虎彦)の娘幸子(三ツ矢歌子)との結婚も決まり幸福の絶頂であった四郎(天知茂)ではあったが、いつも付きまとってきて、適切だが悪意のある助言をなにかとしてくる友人の田村(沼田曜一)を不気味に思っている。田村の運転する車に乗り合わせた四郎は田村の轢き逃げの場に居合わせてしまったため、罪の意識に呵まれた挙げ句、幸子を伴い警察に自首しようとするが途中事故に遭い幸子は死んでしまう。一方、田村に轢き逃げされた男の母親やす(津路清子)と情婦の洋子(小野彰子)は絶対に犯人を見つけ出して復讐することを誓い・・・。

 天知茂が主演して脇の沼田曜一が相当にキてるという噂のアレですか、と言うワケで両者が好きな自分としては観ないワケにはいかず・・・それにしてもデモの帰りに新東宝の映画を観るなんて全共闘の学生になった気分ですね*1
 さて、映画の前半は現世、後半はあの世と大きく二つに分けられたストーリー構成。『地獄』というタイトルと初端がいきなりホルマリン漬けで浴槽に浮かぶ天知茂という暗示から何が言いたいのかよくわかるものの、誰に言いたいのかはさっぱりわからない位「地獄」への応報の敷居が低い。その意味でスゴク怖い。つまり「新東宝の映画なんて観ていると地獄に堕ちるんではなかろうか?」と。主人公を演ずる天知茂は基本大変生真面目なのに周囲のロクでもない人々*2に引きずられて悪の道?にはまっていってしまう可愛そうな人。あの顔だから思い詰めたかの如く生真面目に悩んでいる姿がとても気の毒かと思えば決してそう見えないところが天知茂の不思議な魅力ですな。だって先を読むかのような*3鋭い目つきが余計ですもん。まあなんつうか、登場人物がほぼ全員死んでしまうので鋭い目つきで先読みしたとしても何の意味もないのですから。
 タイトル通り「地獄」の場面のグロい描写が魅せ場なのだろうと、前半結構油断して観ている部分もあったのですが、なんかムダに秀逸なカメラワークに結構感心。こーいう所が新東宝の決して侮れない所と言ってヨイのでしょうか? ともかくも最初からずーっと悩み多き青年を*4演じ続ける天知茂を尻目に周囲がもうトばすトばす。天知茂の実家が田舎で「天上園」というスゴイ名前の養老院を経営している設定で、名前もスゴイが入居者の描写もスゴイ。二昔以上前の施設の様子とは言え昔の老人施設は本当にこんなん? なんかタコ部屋みたいなところで男も女も半裸でウロウロ、どう見てもきったねぇ内装を映画で普通に見せてると言うことは当時としては全然違和感がなかったんだろうという所に軽く恐怖。で、この施設長が絵に描いたような悪徳で入所者の補助金ピンハネして妾を囲って地元の名士気取り、オマケにこいつの周りに警察・医者・記者と地元のロクでもない名士達がたかっていて、とこんな家に帰ったら悩み多き青年はとても困るだろうな、つーか普通帰りたくなくなるだろう。ここでもカメラのキレが秀逸なのでこの場面を嘗めるようにこそぎ落とすのがコレマタ・・・。実家に帰った天知茂を追いかけて何でそんなことまで知ってんだ?沼田曜一始め彼らを殺しに来た二人組やら娘が死んで気が狂った妻を抱える教授とか、周囲そんなヤツばっかなら俺なら自殺しちゃうよくらいの賑やかな実家のある夜、ひょんな事で登場人物全員死亡! えええ! 主要人物だけでなく施設の老人もみんな死んじゃうと言う思いっきり振りが凄まじい。天知茂が死ぬ描写も「おまえが悪いんだ!」とか銃で撃たれて谷から落としたのに白い顔して現れた沼田曜一の首を絞めながら、毒を飲まされ挙げ句後ろから津路清子に首を絞められるという書いてて何だか判らなくなる死にっぷり。そんなん繰り広げられている別棟では入所老人全員死亡とこの場面のカオスっぷりが凄すぎて大笑い。
 あたしゃあもうここまでの現世「天上地獄」の腐れっぷりで大分お腹いっぱいになったのでもういいやという気分だったのですが、タイトルが表すとおりここまでは前座。自分が死んでみたら回りの知っている人が皆死んでたという設定は普通驚くよなぁ・・・。さておき、前半の設定は大暴走だけど一応現世の出来事という事であまり気にならなっかったシーンの変わり目、次のシーンへのつなぎの不自然さが地獄編になってからは凄く気になる。ただ、例えば地獄の鬼に責め苦を受けてる亡者が骨になるまで責められても次の瞬間あっという間に元に戻って再度責め苦を受け続けるというシーンの「責め苦→回復→責め苦・・・」の合間とか。ただ、亡者と化した人間が一瞬にして血まみれのズタボロ、責められ続けるためだけにココにいるのに一瞬生者である時の姿に返してより一層の絶望感を与えるという演出とその工夫は素直に認めたいと思う。ただ笑ったのが「顔を体を覆っている布の上から体をズタズタに引き裂く」責め苦のシーン*5、首から下が砂に埋まっているのがバレバレですがな*6。ただ制作側もこの「人形」の稚拙さは良くわかっていたらしく、責め苦のトドメを刺される場面は妙な人形とか不自然な特撮とかの他に「血まみれの口の中をアップ」という場面が多かった。確かに簡単にリアルな血まみれが表現できますね。場面繋がりの不自然さはただ単にフィルムの劣化かもしれないけど、逆に一発撮影にこだわった新東宝の経営方針が垣間見えるようでその意味で微笑ましい? 
 後半で魅せ場を作ってくれる人物は、首に刃物が貫通して逆さ吊りにされても痛がる様子を見せない天知茂ではなく、間違いなく沼田曜一天知茂に向かって「お前は俺と一緒にしかいられない。さあ来るんだ」とか言いながら妙なポーズで固まったりと地獄まで来て何言ってんだこの人は? とか思う間に奇声を上げて踊りながら闇に消えていく様はファンにはたまらない。責め苦の様子もこの人だけ別格で嵐寛寿郎扮する閻魔大王によるナレーションによる格別の宣告と責めも贅沢すぎて満足だ〜。前半の罪業と一言では表し難い現世のシーンとかタイトル背景が何故か半裸の女性とかで「エログロやで〜」って期待(?)させて殆ど「エロ*7」は出てこない、代わりに延々と幼女*8の裸体で、なんだペドかよ。そう思うと後半延々と裸の幼女を追っている天知茂が相変わらず真面目なので*9もうあの目付きがイヤになって困る。う〜ん、やっぱ救われない。
 なんだかツッコミ所ばっかり揚げ足取ってしまいましたが、本当にそんな映画なので。まあ、次々繰り出す沼田曜一の怪演で最後なんだか彼の姿がタコみたいにグニャグニャして見えてしまう不思議な印象を残す、ファンなら本当に楽しめる一本です。

*1:注、重大な錯誤

*2:何故か他人の秘密をやたら知って悪意を持ってからかうのが好きなブルジョワの家柄っぽい沼田曜一とか死にかけた嫁さんをほったらかしにして隣の部屋で2号と同衾したり経営している養老院の食事に毒入りの魚を出したりとかする父親の林寛が二大悪人

*3:本作では全く読まない

*4:青年の悩みとしては結構深刻で歪んでいるのですけど

*5:取り外した布から肉が削ぎ落とされた骨とまだ動いている内臓のある「人形」が出てくる

*6:砂風呂に入っている人みたい

*7:このタイトルのシーンは何たら地獄で一瞬だけ

*8:と言うか乳児

*9:追っているのは自分の娘の設定なのですが