サンライズ瀬戸


 いつの間にか東京から西に行く寝台特急はなくなっていた。それだけでなく関西から西へ行く寝台特急もなくなっていた。気付いたら東京から西へ向かう寝台特急赤い電車になっていた。

 電車タイプの寝台特急と云って記憶に残っているのは上野駅から東北本線常磐線経由で青森に向かっていたアレに使われていたヤツで、いつかは乗るモノだとばかり思っていたあの身近を走る特急列車がいつの間にかその地位から引きずり下ろされ何故か茨城で行われた万博行きの快速に使われていたり短く切り離されるわ直流用のモーターは抜き取られるわの挙げ句関東圏を追われて福島以北を細々と走っていた、時々座席が無理矢理寝台に組まれようとする形跡のあったアレ。思えばあの頃から、日本には輝かしい未来など用意されてはいないのだと薄々感じていたのかもしれません。そんな現在、西行きの寝台特急のシンボルカラーは青から赤へ。この変化に何かウマい例えはないモノかと、例えば保守色が一掃されて後アカと成ったとか、赤色の青い九州行きが全滅して残ったのは西と四国の青へ向かう赤いヤツとか、どーも巧い例えが思い浮かばないのでここらで止めておく。

 「見せてもらおうか、西日本の寝台特急の性能とやらを・・・」。余計な例えを探してますます墓穴掘った感も否めませんが、東京駅9番ホームで初めてのサンライズを待つ少年の心はまさにこんなセリフが相応しいのではないでしょうか? ただ惜しむらくは現代の少年はファーストガンダムを知らないということでもっと惜しむらくはおめぇは少年でも何でもねぇということに尽きます。サンライズ「瀬戸」と「出雲」両方を一編成に収める長大な14両編成は通勤列車に匹敵する長さだけあって、最後尾のどタマがホームに突っ込んでもしばらく延々と途切れることなく列車は続き、なかなか先頭が現れないことに大いに不安になります。

 ようやく先頭車が姿を現し、後は写真タイム。老若男女というのは語弊がありますが、現在新幹線ホームを除いてほぼ全てが通勤近郊列車のみの発着となっている東京駅地上ホームでこの偉容は大変目立ちます。

 それにしても昔電車型の寝台列車は「月光」と言っていたのが今は「サンライズ」と昼夜の逆転に隔世の・・・あっ!、今のウマくなかったですか? 既出っぽいけど。

 入線後出発までの時間が短いというコトもあり、またこの赤いご面相を撮るために色々わらわらと群がって落ち着かないということもありさっさと客室に入って落ち着こうと思い

 それが全くの過ちだったことを思い知る。 落ち着かん!

 そんなバカなことをやってる間に出発時間に。電車だけに発車してすぐに結構な加速。みるみるうちに離れる東京駅。これからいよいよ名実共に車中の人となるワケです。

 ここで車内について。私が購入した席はサンライズ瀬戸の「B寝台(シングル)」というお部屋です。一昔前のB寝台と云えば立てに並んだ向かい合わせの二段、三段のベッドに仕切はカーテンのみ、就寝中他人の物音やイビキを防ぐ手立てはほぼ皆無、心地よく利用するには場数という慣れが必要というクセのある寝床だったのですが、このサンライズ寝台電車のB寝台は個室が基本、過去のB寝台よりもずっとプライベートな空間を確保できることでかなり快適に過ごすことができます。ただし部屋の広さと云えばこれがお世辞にも広いとは言えない。ベッドに寝転ぶ以外はせいぜいベッド上で座っていることくらいしかできません。一般の宿泊施設で云えばカプセルホテルよりややマシと云った所でしょうか。それで値段は約一万円*1。もちろんカプセルホテルから動く車窓は拝めませんから私のような輩にとっては「寝る場所がついて寝てる内に目的地へ運んでくれる。おまけに外の景色を拝むことまで。サイコー!」ということになるのですが、これはあくまでも特殊な意見であることはよく自覚しております。もちろん「もっと広い場所がを占有したい!」と云う方にはもっとずっと広めのA寝台はもちろん、二人用向けのB寝台(ツイン)もあります。逆に列車で運ばれる棺桶の中の戦死した兵士の気持ちが味わいたいというコアなあなたには体を起こすのが精一杯のもっと狭い「 」も用意してありますし、また座席と寝台の中間のようなある意味往年のB寝台の雰囲気を最も味わうことのできる「」なんかは値段も一番リーズナブルでおすすめです。昔と違って物騒な今の世の中、カーテンだけでプライベートスペースを確保するのはちょっと勇気がいりそうですが*2。各寝台利用者も、車中カード式シャワーの利用可能、シャワーカードは車掌が販売しています。シャワー、落ち着かないんで私は利用しませんでしたが、他に車掌に言えば売ってくれるタオルと歯ブラシのみのアメニティグッズ500円を購入。タオルにはJR西日本のロゴとサンライズの外観が「青色」で描かれていました。何度か使って洗ったら色が擦れて家にある他の絵入りタオルと紛れてしまったので小湊鐵道養老渓谷駅で売ってるタオルとクオリティーの程度はあまり変わらないようです。

 現在の「サンライズ」編成は、このB寝台が最も多く設けられていて、その中に私が利用した「シングル」の他にちょっと広めの「シングルツイン」やカプセル並みに狭い「ソロ」が割り振れており、瀬戸・出雲が「サンライズ」として生まれ変わる際にもっとも重要視したのがこの中間ランクの客室であることが伺えます。嘗ての東京より大阪以西を往復する寝台列車が半日以上車内での拘束を余儀なくされることを考慮して食堂車等の就寝空間以外のサービスを考慮しているのに比してこの新しい形の寝台列車には就寝空間をなるべく充実させる代わりにほぼその「寝る」という役割に特化して設計している様子がうかがえます。東京出発が22:00で、翌朝の東京・九州方面の寝台列車が廃れた原因は長時間列車に乗り続けるという習慣が時代に合わなくなったせいと説明されがちですが、一方でこの長大列車を管理するJR各社のやる気の無さ、怠慢も衰退に拍車をかけたと個人的には思っています。東京・九州方面の寝台列車についてはその走行距離の長大さを生かして北斗星・トワイライトの豪華路線に転換すればそれなりのニーズはあったと思う。私自身は九州からの帰り道、朝イチ京都着、一日近畿観光のために充てる時間が捻出できる「なは」「彗星」の便の良さを重宝していたのだが*3それも過去のお話しとなりました。

 何も旅に出て口悪く罵ることもあるめぇ、と言うことで横浜越えた辺りかで寝床に付くことにしました。明日、目が覚めるのは岡山辺り、・・・。ちなみにこの落ち着かない2階席の窓、もちろんブラインドを下ろすことができます。

 目が覚めたのは、運転停車の割にはやたら長時間での停車が気になったからです。ブラインドを上げて外を見ると駅ではない。なにやら操車場のような、機関区のような、ともかく駅でないことは確か。妙な場所での長時間停車にさすがに不信の念を抱いた頃、控え目な声で車掌より車内へ状況を伝える声。
「一本前を走る列車が鹿を轢いたため安全確認のため現在山崎駅付近で運転を停止しております・・・」
 は〜、バカ鹿め。無謀にも鉄の塊に挑戦しようとは本当に命知らずめ。

 緊急停車は1時間にも及ぶ。やっと動き出した後に車内にある申し訳程度のロビー*4とかふらふらしたりしていると(ロビーはひっきりなしにくっちゃべってる若者や浴衣姿のおばあちゃんに占拠されていて全く落ち着かんかった)その後順調に大阪、神戸は通過したモノの、予定では瀬戸大橋辺りで拝めるはずだったお日様の光がちらちらと差し始める。

 予想外の景色の変遷はかまわないが予想外なのが遅延によって影響を受ける次の乗り継ぎ。四国方面への接続が非常に心配。予定では時間に余裕を持たせ、坂出でうどんでも食おうかともおもっていたところが叶えそうもない。何度か経験しているモノのこれが長距離寝台の最大のウィークポイントなんですよね。こればかりはどのように努力しても改善に限度がありますからね。ましてやシカに説教なんかできようはずもないし。まあそんな「弱点」も含めて今回の夜行列車行、徹底的に満喫できたと云えそうですが。ところで、神戸、大阪のような大ターミナル駅、朝は当然の如く各ホーム溢れんばかりの通勤客。この通勤客を横目に悠々と進入する優等列車に乗ってるのは何よりの優越感なんですよね。今回コレは期待していなかったのでこれもまた、十分すぎる夜行の満喫。

 坂出駅での乗り換え予定を遅延の影響で岡山駅に繰り上げてバタバタと乗り換え。初JR四国搭乗列車は岡山発松山行きの「しおかぜ1号」。ここで表題の「サンライズ瀬戸」の旅は終わりですが後オマケ程度のお付き合いを。

 瀬戸大橋からの眺め。上の方の写真、左から児島半島鷲羽山・真ん中塩飽諸島の釜島・右が同じく松島です。この旅の次の旅のことになりますが散々見たお陰でそれぞれの配置と形、すっかり憶えてしまいました。一方下の写真はよく知りませんが多分櫃石島だと思います。だとすればあっと今に香川県。お日様もう燦々。

 瀬戸大橋から坂出のコンビナートを睥睨。

 テツなら降りてチェック、坂出駅の連結風景。ちなみに隣の番線には何故かJR四国をあげてサポートしてるアンパンマンのパッケージ列車。結構頻繁に見ました。

 終点松山駅からは宇和島行き「宇和海」に乗り換え。

 ディーゼル特急のクセに意外なアホ速さにオドロキながら。


 到着宇和島駅。駅まで降りた本当の四国初踏の地は宇和島になりました。宇和島では町を挙げての闘牛の歓迎に何故か駅に尻を向けたマッチ箱のような蒸気機関車(静態)。このままこれから宇和島港へ。目指すは宇和海の離島日振島ですのでテツの旅はここで一旦中断になりますが、人が移動するかぎりたのしいたのしい乗り物の旅はまだまだ続くのです。(おわり)

*1:運賃別

*2:「」以外の各寝台は全て電子ロック付き。その都度ナンバーを設定してセキュリティーに配慮。開いてる部屋のナンバーを勝手に設定するのは止めましょう

*3:私、飛行機を信用していなくて自由な空間のない高速バスが嫌いな人

*4:先に書いたようにこの列車、ほとんど寝るだけが目的だけなので申し訳程度でもロビーが付いていることは有り難い