奥会津のおまけその1 西山温泉

 確かにつげ義春は好きですが、だからといってまるで巡礼の如くさも不便がデフォの如く鄙びた温泉を探して彷徨い歩くつもりはありませんが、いや時と場合によりけりですが、今回はそんなつもりは毛頭無く、単に目的地の近くにあった温泉がたまたま西山温泉だったと言うだけです。
 位置的には軽井沢銀山のすぐ裏側で、めんどくさいと先ほどのたまった銀山峠を越えると西山温泉はすぐそこなのですがバイクなのでぐるっと大回り、一旦只見線沿いの道から再び山の方へ。道路は普通に舗装されていて通行に全く不便はないのですが、それでも途中本当にこちらでよいのかとちょっと不安になるくらい谷の脇、山の方へ向かいます。

 正直全くと云ってよいほど下調べをしませんでしたので何処の温泉がよいのか全く解らず、「西山温泉」に入ってすぐ目の前に見えた温泉宿にとりあえず聞いてみました。「お風呂だけなんですけど大丈夫ですか?」「今他に男の人が入っていますが良いですか?」

 ???・・・全く考えずに選んだ温泉宿は「老沢温泉旅館」と云うお宿で、入り口戸を潜ってすぐ目の前の更に戸の向こうにこたつに入って背を向けてる少年が一人。こちらの子がお店番のお手伝いなのだろうと声をかけると上のような返答。意表を突かれた応対に少し考えて、どうやらこちらのお風呂混浴で更に只今先客がいると云うコトらしい、と云うコトだと理解したのだが、別に同性ならあまりあまり関係ない気もするが、当方異性に見えたのだろうか?

 結局この問いに明確な解を思い浮かべること出来ず、「男性ですから」と自分でもよく分からない返答をすると「四百円です」と。おおそう言えばサイフをバイクに置きっぱなしだ。今考えれば当方も随分と呑気なものだ。

 お風呂は下の方、階下。川の近くから沸く源泉そのままを利用しているからなのだろうか、薄暗い階段を下っていく。脱衣場へ入ると先ほど少年が言っていた「先客」と思しき男性とすれ違う。他に客の姿はなくその後結局風呂を出るまで貸し切り状態。もしかして先ほどの問いかけは貸し切り状態にするための心遣いかと服を脱ぎながら思う。

 「風呂場の戸は閉めて下さい」「お風呂の戸を閉めないと湯気が上がってきます」「上がってきた湯気に火災報知器が反応します」詳細かつわかりやすい「何故お風呂場の戸を開け放しにしてはいけないか?」と云う注意書きに従い浴場の戸はきちんと閉めようと心に留めて戸を開けると

 充満した湯気に遮られて足下にぼんやりと、入り口の方向から見ると横向きに三槽、周囲板で囲まれた浴槽が並んでいるのが見える。

 その一番奥の浴槽の向こう、なにやらガラス戸の向こうに祭られた祭壇と鳥居と「老沢温泉神社」と記された奉納幟。これは?

 文字通り「温泉神社」がそのまま源泉間近に祭られている温泉、初めての体験。「温泉」「祭壇」と自然「つげ義春」が繋がって反射的に『ゲンセン館主人』の一コマがが頭に浮かぶ。次に頭に浮かぶのは山のようなロウソクに照らされてお湯から顔を半分だけ差している佐野史郎・・

 石井輝男監督の『ゲンセン館主人』のワンシーンをも思い浮かべながら「ゲンセン館」の「ゲンセン」は「源泉」のコトかと初めて気づく。ちなみにこちらに、山のように沢山捧げられた御灯明は、無い。

 「それじゃまるで」「まるで?」「幽霊じゃ、ありませんか」貸し切り状態なので意味のわからない独り言も憚らず。入り口に一番近い浴槽のお湯がひどく熱く、埋める水もない。湯は左端の溝を伝って湯船に注がれているようだが、どういう訳か源泉に一番近い一番神社よりの湯船が一番ぬるくて入りやすい。このようなシチュエーション、当然の如く一番神社に近いお湯に入りたかったので願ったりの湯温、とまず神社に手を合わせようコトに気付く。ガチで禊ぎをした経験もなく裸で神社に手を合わせるのは妙な気分と云える。

 風呂場なので柏手が良く響く。なんかいろいろふつふつと楽しい気分が沸いて出て、けどその気分が決して高揚の域まで達しない妙な冷静さもあり、その何とも云えぬ気分を表すために柏手を四回。響く。

 少しどろっとした質感が何となく体に染み入る風で、実際にバイクと云う業のため常に奥会津の寒風に晒されっぱなしだった本日の体から寒風と一緒に体に取り込んだ疲れが抜けていく感じがしてなんだか有難く、横を向くと神社で更に更に有難い。自然湯船の中で手を合わせる。女性だったらとても絵になるだろうにと、湯船で手を合わせる初めての経験に、有難い有難い。

 自分が入っている間、あの少年は自分が貸し切りに出来るように次の客を何とか引き留めんとしているのだろう。そう思うと長湯は出来ない。そんなに熱くない湯を選んだのに体が芯から温まり、先程までこのまま只見側抜けて新潟経由で帰るとたぶん田子倉駅辺りで死ぬだろうからおとなしく郡山経由で帰ろう、と思っていた位の疲労が体からキレイに抜けているのが解る。実際この後体の温いは今期初めて普通に息が白くなる只見の寒さに接するまで持続していたのでした。恐るべし。

 服を着て先程の下った階段を今度は上がる。玄関で店番君に声をかけて辞する。店番君は会釈。先程の店番君とは違う。先程の店番君はこたつに入ってテレビを見ながらゲームをしていたが今度の店番君はテレビを見ながら勉強をしている。いろいろ偉いなと思った。

 あまりつげ義春らしくないですが、ここらで。

 西山温泉 老沢温泉旅館→http://aizu-yanaizu.com/index.htm(柳津観光協会のページ 「西山温泉の宿」紹介ページ一番上。