三河、三ヶ根山へ行こう その1 

 気付いたら長野方面から飯田線を乗り潰し時間も余っていたので海の方へ出ることにしました。東海道線車窓から海が見えたらもっと上の方から海を見たくなったので近くの適当な山に登ることにしました。なんじゃそりゃ。

 ま、冒頭の言は半分くらいウソで元々三ヶ根山の七士廟へは行ってみたいと思っていたところたまたま比較的近く(豊橋)に宿を取った縁から予定を変更して向かう事になったというのが真相です。それじゃあ行ってくるよキツネさん。ぴょん

 お宿の前にぴょんしてるキツネさんあり、朝の豊橋駅前は結構呑々。まあ私が行きずりの旅人に過ぎないといだけなのですが。宿はメシなしだったコトもあり豊橋駅内のそば屋で腹でも満たそうとふと見るとこのような張り紙。

 どんどん飯田線乗ってくれるように周知はとても良い事な一方このネーミングはねぇと思う。この際だからはっきり言うておく。「秘境駅で腹減ったら川の水啜るくらいしかできねぇよ!」

 とは云ってもこの満遍なく商都尾張のトナリ、同愛知県内ながら農民気質微妙に商売下手なちょっと司馬遼太郎の偏見の如きイメージ先行の三河人の質朴な暴走と思えばとても好感度が高まるワケで「秘境駅弁当を買って、飯田線に乗らない!」と云うのもまた面白かろうと思ったが、残念ながらお弁当まだ到着してなくてきつねそばとお稲荷さんの稲荷セットで腹を満たしたわけです。そういえば以前いつものような一般ならあり得ない遠回りの乗車券を落とし仕方がないので窓口で買い直していたらいつものように経由地選定→発行に手間取る駅員に何故か隣で並んでたDQNがからんで(なんか言いながらカウンターにしきりに蹴りを入れていた)いて危うく飯田線に乗り損ねる所だったと云う椿事を経験したのも豊橋駅で、なんつうか、おまえらお稲荷様への信心が足りねえんだよ!

 と云うワケで三ヶ根駅。余り事前の下調べせず駅の運賃表を見て名前だけで切符を買いいざ降りてみたら周りに山の姿など見えず、途方に暮れ、仕方なく駅前の商店兼情報センターみたいなお店に訪ねる事にしました。開店の準備を終えたばかりで一息ついていた風の優しそうなおばちゃんは初めとても怪訝な顔をして、昔はハイキング兼ねてここから三ヶ根山まで行く人が結構いたが最近この時期に向かう人はあまりいない、とどーでもいい前置きをした上で地元民くらいしか知らないような近道を親切に教えてくれました。

 その親切の効果は覿面、しばらく歩くと散歩中の地ネコ。

 駅前のちょっと小高くなった丘を登ってそのまま道沿いに降りると住宅地、住宅地では平日におっさんがふらふらしてる怪しさをカモフラージュするために住民にあったら何となく会釈。怪しいか怪しくないかは、まあ出会ったネコ悉くに避けられたので概ね怪しいのだろうが余り深くは考えない。住宅地の途中から「三ヶ根山ハイキングコース」と穿たれた看板が一定の間隔で登場。以上基本的にこの看板に従って行く事に。住宅地の境になってる川を渡って交通量の多い道路を横断、だんだんと山並みが近づいてきます。山並み近くが山影近くに変わり気がつくと周囲人影なく道も段々荒れてきて・・・正直山道荒れ道廃道の類は先日お釣りが出るほど堪能しているので*1この廃道フラグは正直とても不快感

 そのような不快感の中出現したこのような文言。好きでハイキングしてるんとちゃうわ!(え?)

 引き続き登場する善意という名の細かな攻撃。体力差有ったのに油断して超必殺食らってダウン起き上がりに百列系重ねられてそのままケズリ殺されるくらいムカつきます。格ゲーなんてもう5年もやってないからこんなん未だに通用するのか知らんけど

 3度目のケズリ攻撃にムカつき度MAX。思わず「やかましいわアホたれ!」と叫んでやったのも束の間

 あれだけ恐れていた中途半端な山道が登場してムカつきは早くも恐懼に変容。「もう勘弁して下さい・・・」

 とは言っても他に選択肢の有ろうはずのなく仕方なしに薄暗く少しずつ傾斜を深くする小道をとぼとぼと、ふと道沿いに「大原観音」の寺と共に幾多の石積み。周囲既に鬱そうと木々の中、夏に向けて勢いよく草葉生い茂る小道の周囲「大原観音」の全容はよくわからない。よくわからないが先進不安定のままの逍遙、路傍仏の文字目に入れば手を合わせずにはいられない。先程の苛つくほどに出現した看板の立派さに比べようのない程慎ましい「大原観音」の字句。ふと思う、この小道はいつの頃からの小道だろうか。かつては山頂の聖地へ向かって多く行者巡礼の類の足跡多く残した参道ではないか。規模の大小はあれその性格は熊野参道に類する物ではないのか

 それならば、相応の態度で臨まねば、挑まねばなるまい・・・。悪態収めるにこの「聖地に比する」との効果は抜群で

 次にこのような看板が登場しても全く動じない「あ、そうなのですね。ご苦労様です」心揺らしてはいけない

 更に登場したのはこの景色。「橋なんかどこにもありませんけど私は気にしません」心揺らしてはならない

 次に登場した山道がまたもや崩壊していようとも全く・・・「ええかげんにせいやー! わしゃお前のような半廃道は昨日で歩き飽きとんじゃあ!」まだまだ修行が足りない

 あまりの忍耐の無さに道中守護の観音様も哀れに思われたのだろう。適当な崩壊山道を通り過ぎた後これも毎度同じみの山道ゴールこと白いガードレールが木々の間に仄かに現れ

 目の前にはいよいよ、現在メインの参道登場を宣言する巨大な看板。三ヶ根山真骨頂はまだまだこれからです(続く)