鳩山郁子『カストラチュラ』

 英語で言う「カストラート」、去勢された男性歌手のこと。たぶん。
 舞台は新中国と思われる漢字文化圏の国。前時代まで君臨した王朝を倒し新たな秩序造りに邁進するその国の指導層は、新たな時代に相応しい新たな秩序の一つとして「肉食の放棄」を掲げる。以後、この国では公式には食事としての蛋白質の摂取を止めることとなる。ただし、人間にとってある意味最も生活に根ざした最大の文化と言える食文化を簡単に廃絶することなどできようはずなどなく、旧支配階級層を中心に密かな楽しみとして続けられていた。ある都市の新体制側の人間を養成する学校。そこで出会った新体制・旧体制側に属する二人の少年の軋轢から物語は始まる。
 所々鏤められた、この作者得意の「美少年」を中心に、決して醜くはない登場人物で彩られたこの漫画の世界は、今や滅びてしまった伝統的中国の「隠語」を駆使し、また「さもありなん」というような虚構も織り交ぜ、婉曲的な表現に注意しながら、非常にグロテスクな肉体の情景をえぐり出す。纏足・人肉食・人間標本・自宮、そしてどんなに体制が変わろうと絶望的に救いがたいこの国の貧しい人々。恐ろしいことに、そのどれもが「ビジュアル的に全く醜くない」。作者一流の画力の成せる業だけとは言い切れまい。途中登場するこの物語の「第三の核」、「カストラチュラ」の登場により直接的、間接的に運命の変転させられる二人の少年それぞれの「世界」の描かれ方は絶品である。
 「非常に良くできたやおい」とただ一言で切り捨てる評者がいるとすれば、その深遠な世界がわからないその人を軽蔑する。それにしても、「グロテスクな美しさ」は麻薬に似ている。一度味わうと逃れられない。牧歌的な世界で少年達が噤みだす「健全な」世界観の作品が目立つ作者にとって本書とそれに続くシリーズは、多少異色かもしれない。が、何となく、作者その人のキャラクター(趣味の良さ)を「はっきりとした形でなく」垣間見せるこの「シリーズ」、これからも続いて欲しい。

 ・・・シャーロット・リン可愛い。
カストラチュラ