その五十 新宿区荒木町 『津の守辨財天』

sans-tetes2008-05-08

 その昔、この地にあった花街は、湧き出る泉を中心に栄え、水量多く渓谷の感さえ漂わせた景観は、江戸時代には大名屋敷の中のお大名の個人的なお庭の一部だったそうで、23区内に渓谷、スゴイお話です。冒頭の花街は、維新後この地が庶民に解放された後に発展し、周辺、今でも料亭の名残を残す建物多く残る。水の守り神、弁天に冠する「津の守」とはお大名の「なんたら摂津守」に因んだものらしい。
 さてこの場所、都心にあって今でも地域のオアシス、というわけにはさすがにいかず、坂と坂とに囲まれる窪んだ盆地状の住宅地と宿、飲み屋が点在する中、突然現れる弁天池は異境を思わせるが当の泉のもはや水量の衰えて、嘗ての渓谷の名残はほとんど留めない小さな池の様相、池の水も濁っていて「泉」とするには少し語弊、何故か柚がプカプカ浮かぶ水面に鯉が悠々と泳ぐ様に在りし日の大名屋敷の面影。
 よくわからぬが、手水桶に小さな金ピカの神像?が二体。「これを倒すと金が沢山入る」とは同行で案内者の友人の評。確かに中ボス様のその姿ではあるが、恐らくは由来ある水神の姿なのだろう、が、なかなか迫力あるので思わず拝む。
 弁天さんのお姿を直接拝むことはできない。社には龍神の浮き彫りがあったりしてこの場所、水神のオンパレード。川という川全て暗渠化されて水害という害に乏しくなったこの界隈にこれだけの水を司る神様、「オカに上がった」なんとやらの感もないが、滝田ゆう氏曰く、「水天宮は水割り→二日酔いに効果があるからね」とのことで今或いはその験を多く求めるか? 最もこの説、『泥鰌庵閑話』に出てくるのみで他に論拠を知らない。が、他書に曰く「信ずる者は救われる」。