その五十六 長野県上高井郡小布施町雁田 『岩松院内 福島正則公霊廟』

sans-tetes2008-05-14

 葛飾北斎が謎の『八方睨み鳳凰図』を残した岩松院に福島正則が眠るという。豪傑肌で少々思慮の欠けた粗忽な印象、故にその終わりを全うできなかったこの悲劇の名将を私は嫌いではない。いかにも華やかな鳳凰図観賞の後、この侘びしげな墓所を訪ねるの妙、これもまた趣向か。
 この頃雨は再び本降りに。寺の裏手、この雨降りの中、泥濘を避け石段を上がる。他の墓所はおろか、寺の本院、遠く小布施の街までも、先程観賞した鳳凰のよりも高く遙かに見下ろすかのような高台に正則公は眠る。晩年の鬱憤を晴らすかのようにわざわざこのように地を睥睨するかのように奉られることを望んだか、或いはは死して自領と領民を見守るための配慮か、いずれにせよ死してその気概の伝えるに相応しい墓所の位置。
 雨に濡れた石段は当然必要以上に気を遣う。それなりの苦闘をして段を登り切り、廟を訪ねる。墓前に添えられた花、それを除くと、あまり手入れの行き届いてない様相の廟内、未だ薄明るい光が堂の床を冷たく照らし、その床には数多、参拝者と思える靴の跡。ああ侘びしい。余りに侘びしすぎて涙が出そうだ。戦場にては苛烈な働きで鳴らした正則公、内政に於いては領民思いの名君であったとのこと。幾漠かの思いをこの寂寥の中に封じ込め幾百年、心静かな境地を得られましたかな。この時に限ってお誂え向きの冷たい雨が、あまりにも出来過ぎた参拝でした。