その七十六 常陸太田市下高倉町 『武生神社』

sans-tetes2008-08-30

 このシリーズ(?)大抵があまり目的を立てず、道々行き合ったお堂・お社に挨拶がてら立ち寄ってついでに千社札を納めて、というパターンがほとんどなのだが、今回は初めから目的があって訪問した珍しいケース。その目的とはズバリ「武生神社に武生札は貼ってあるか」。何せWEBでこの神社の名前を見つけてから気になって気になって夜も眠れずやることなすこと手が着かず、このままでは仕事にも差し支える、と言うわけで病欠を理由に仕事を休んで行って来ました。
 果たして「武生」は「武生神社」に来ているのでしょうか? ここでのっけから出鼻を挫く驚愕の真実を。「武生神社」と書いて「たきうじんじゃ」と読むらしい。奥羽山系の末端に連なる「武生山」の中腹に鎮座するので「武生神社」とのことで、茨城県内では割と有名な神社らしくぐぐると由緒・場所・行き方、結構出てくる。特にダート制覇の走り系やハイキング系のレポート多いけど、ここでは触れないので御由緒等に興味がある人は勝手にぐぐりなさい。要は、この「武生神社」に「小岩武生」が訪れていて「武生札」が奉納されているとすると、今まで漠然と「たけお」と読んでいた「武生」の文字が実は「たきう」と読むかもしれない、或いはこの神社の関係者とかもしかしてあまりに山奥でヒマしてるここの神様が冷やかしに下界に降りてやってるとか、という謎に満ちた「小岩武生」の秘密の一端に迫るという大発見があるかもしれないということであるのだ。
 で、行って来ました武生神社。袋田の滝で有名な大子町から高萩方面に向かう国道を途中で、物凄く心細くなるほど狭い県道で旧水府村方面に曲がり、更に「武生神社」の文字が書かれた脇道に入ってしばらく山道を登った先、意外なほどキレイに整備舗装された道路の途中に現れた石の鳥居、参道が道路と同じように舗装されており、また参道脇の崖も崖崩れ防止に舗装されているもんだから街中にあるような神社と錯覚する。ただし周囲に人影などなく、通り過ぎていく車もほとんど無いここは間違いなく山の中、その山中の神社の鳥居前にどう見ても不釣り合いなイタリアンバイクを停めていくのは実は物凄く不安だった。

 舗装されているとはいえ、普段平地しか歩かない萎足+バイクシューズにとっては僅かばかりの傾斜も途方もない山道に早変わり、更なる不安を助長する。木立深くなり現れたのは急な石段と赤い山門。門前の由緒書きにも書かれている通りその昔の修験道、或いは両部神道の名残が色濃く、都会では見られない伝統の形式に心躍り不安も多少解消。ところが石段下のぶっ倒れたまま誰も補修しない「武生神社」の看板にまた不安の針が振れる。
 山門なら当たり前だが、神社には当たり前でない仁王像が一対。その仁王像の後ろ側の柵にどんな意味があるのか石が一列に積まれている。その上にぶら下がる旅の祈願を祈る大草鞋、山中の過酷な環境の為せるせいかただ単に古いだけなのか随分と黒ずんでしまっている。
 もう少し石段を登って右側に鐘堂のある踊り場、狛犬と鐘堂のツーショット、これも街中ではあまりお目にかかれない。完全に神社のみとなった現在でも突く機会があるのだろうか。そして、鐘堂に気の早い御仁の納めたる無数の千社札。さてお目当てはの木札は果たして・・・。例の「特等席に」「他を押しのけるような存在感を持って」「ボンドでもって貼られている」例の木札は見当たらない。「小岩武生」の千社札貼りの特徴の一つは「焦土戦術」。目を付けた(訪れた)神社仏閣の境内にある冥利系のあらゆる建物に貼っ付けて回る。やはりここに武生は・・・とは言っても冥利の中心はやはり本殿、その本殿に望みを賭けて。ところでこの鐘堂に一つ気になる千社札。絵馬型の千社札で描かれた文字の中に「(西)小岩」の文字。木札ではないものの、そのポジショニングの絶妙さに数ある千社札の中で最も早くに目に付いてしまう。似ている。それにこんな所に「小岩(江戸川区)」の地名? ちょっと引っかかる千社札だが例のモノとの確証は持てず、やはり勝負は本殿に持ち越し、その本殿と鐘堂との間に境内を守る狛犬が鎮座、何故か親子連れ(?)でちっちゃい方が態度だけは一著前な子犬みたいで可愛い。

 さて本殿。まずお参りを、といきなり本殿真っ正面に横書きで「西小岩」の今度は木札の千社札。このポジショニングはまさしくあいつに、と言いたいところだが、あいつの木札はもっと仕事している。或いは「千社詣での手始めに」「ごく初期の、まだ手法が洗練されていない頃の」武生かも。色々と推測が立ちそうだが、答えは案外簡単に見つかる。本殿の他の場所に同人物が貼ったと思われる別の千社札を発見、それは先の2例とは違って縦書き造りで「岩小西」の文字。横書きの場合古字の書き方に倣ったため「西小岩」と見えてしまっただけのこと、つまりは「小岩とも縁がない」恐らくは別人のモノであった。ああ残念。
 結論。「『小岩武生』は『武生神社』に恐らく来ていない。」恐らくね。けどないならないで「はい終了」って簡単に終わらずいろいろと推理(混乱)させてくれる妙な千社札があること自体、「小岩武生の謎」とは全然関係ないけど個人的には出来過ぎてる感がある。
 ところで肝心の神社の様子が大分おざなりに。別に武生目的で来なくても十分楽しめる立派な神社。柵で囲われて近くで観ることができないのが残念の極彩色で着色された本殿周囲の彫刻とか、

所々にある500年この地を治めた佐竹氏の紋とか、非常に興味深い。だから今からでも遅くありません。「小岩武生」さん、今からでもいいから「武生神社」にお参りして、是非「武生に武生」を実現しなさい。