その八十 松戸市松戸 『松先稲荷神社』

sans-tetes2008-10-13

 「カラスが汚しますので油揚げは置かないでください」。なかなか無粋な都会のお稲荷様、境内には他に弁天の祠と庚申塔。旅の神はかつての宿場の名残、水の神はかつての水運の名残。本来は何れがこの社の主だったかもしれないが、やはり、商家の即物的御利益は稲荷に勝る神なく、いまや主の変わって今の赤い社なのかもしれない。とは言うものの、その商家も大分数を減らす旧道沿い、祭の過ぎたこの日は辺りに人の話す声ほとんどなく、にもかかわらず藪蚊が多い都会の、水辺の神社。
 眷属その他は閉じられた扉の向こう。綺麗に整頓された様子は扉のガラス越しによく解る。が、閉じられた扉が開かれ、社内で新たな息を付くのはやや難しい。その、不自由な息継ぎのせめてもの慰めか、日中・夜間限らず車内はぼうっと明かりが灯されたまま。或いは人の形をしたカラス避けの意味も持つモノか。入れ違いにお参りに来た地元民と思しき初老の紳士が「不思議なことに近頃は点け放しのようです」と声を掛けてくる。私的には、この赤い社に灯るほのかな光、とてもとても「あり」のため返答に困りにこやかにお辞儀をして返礼とする。地元民に愛される社の様子は余所者ながら嬉しい限りだが、下手に、自身の感性のままに返答しようモノなら或いは失礼な言葉を吐くやもしれないと、こういうときはいつでも返答に困る。まだまだ愛されることの多い、都会のお稲荷、日も暮れかけて、参るにいよいよ申し分なき時刻が近付くも、あまりに藪蚊の多きに耐え難く、早々に退散しなければいけないことを遺憾とする。