『イチかバチか』

 老いてなお、勝負師としての野望が衰えないある鉄鋼会社の老社長・島(伴淳三郎)、国内に世界最大級の鉄鋼工場を建設するという最後の大バクチを打つことを決断する。早くもその噂を聞きつけた各自治体、自らの所に工場誘致をとそれぞれ名乗りを挙げるがそんな誘致合戦に他者より一歩抜きん出たのは愛知県三河地方にある「東三市」の大田原市長(ハナ肇)だった。ところがこの市長、経歴を偽って市長に当選したり、市議の反対を押し切り工場誘致を進めたりとその手法にとかく曰く付きの人物なのであった。
 ハナ肇の胡散臭いことこの上ない形に、負けない位インパクトを持った胡散臭い登場の仕方、対する島社長にしても湯沸かしの熱をケチってぬるいお茶を客に出す等かなりの守銭奴振り。当然一筋縄ではいかない誘致交渉を、大田原はあの手この手の手練手管を使い島社長の先手を打つ。時に強引とも思える手段と、自身に敵対し工場融資に反対する市議・松永(山茶花究)の存在。更には接待の最中に愛人としけ込んだりとするなどの問題ある私生活面と、物語前半大田原には徹底的にダーティーなイメージが植え付けられ、島社長・配下の北野ならずともその人物を疑うに充分の下地が出来てくる。特に「標準語を話す大田原」と「三河弁を話す松永ら反対派」という言葉のイントネーションの区別、まるで「方言を話す人は純朴*1、標準語を話す人より信用できる」、この偏見に付け込んだ区別の仕方は上手い*2。もうここでネタバレしたようなモノだが、慇懃な態度で挨拶、三河弁混じりで市長の悪口を述べる市議はほんとうに良い人なの? 後半になって、これまで散々貶めてきた大田原に対して、その「悪人説」への疑惑がポツポツと生まれてくる。対立する二者、ここに至ってどちらが地域の為を思って働いているのか解らない。ポイントがそれぞれ「小出し」にされるそれぞれの人物を巡る事実。この「小出し」感が観者をして早急な結論付けを避けさせ更なる疑惑と疑心暗鬼を生じさせる。ほぼ固定されていた二者の人物像が崩壊させた上、二者に対する新たな評価を容易に出来ないままに進む物語、これに川島作品お得意の奇抜なカメラワークが相乗して、まるでサスペンス映画かスパイ映画を観ているような錯覚に陥る*3。その錯覚から喜劇への回帰という役割を担うのが、元々がコメディアンを土台とするハナ肇でも山茶花究でも伴淳でさえもなく、高島忠夫の役であるということも面白い。名実共に回帰した喜劇の仕上げは伴淳で締めて疑惑の決着と共に物語は終了する。
 それにしてもこれが川島雄三の遺作なんて残念だ。本作が面白いことは当然ながら、従来の役者に加えて本作におけるクレージーキャッツの面々の参入、今後より幅広い作品の登場を予感させて、「これでおしまい」なんて。

*1:島社長の操る大阪弁は除く。ただしこれも偏見。実生活で経験すれば解るが、同じ関西商人でも滋賀弁のシブさや大阪弁が純朴に見えるほど。

*2:そう言えば一連の川島雄三作品は随分と方言が効果的に使われていますね

*3:この部分の緊張感は本当に秀逸なんです