『御用牙』

 気に入らない部下の同心(半蔵・勝新太郎)と罵り合った後、ふとお仕置き部屋を覗いた与力筆頭の大西(西村晃)、そこには石抱き責めを受けて「いいからもっと載せろ〜」とか唸ってる半蔵の姿。目を丸くする西村晃。そりゃあ驚きます。以降、江戸の正義を守るかみそり半蔵の哲学を実践すべく、半蔵独自の検分・詮議・詮索を披露する強腕半蔵。その方法のあまりのスケールのデカさに、幕藩体制下の世の中では遙かに規模の大きな悪事を働いている連中の方が大変矮小に見える。だから、与力という役職上、そんなに逸脱した悪事を働いているわけではなく、その悪事も強請られた事による不可抗力的な側面が強い大西は至って普通の人、嫌いな部下でも一人拷問を受けているの見つければあわててやめさす結構良い人。だから最初から半蔵の敵ではなく、終始半蔵に負けっぱなし*1
 さて上司、時には幕府の実力者と衝突してまで独自の正義を貫く半蔵。有事に当たっては遅れを取らぬよう普段から鍛錬は欠かさない。庭に並べた幾つもの石地蔵を殴り倒して拳力を鍛え、効果的に拷問を有用できるように自ら拷問の実験台になる。更には女用の拷問道具、特性極楽棒の鍛錬は特に念入りに。多く自らの修練の場としている彼の屋敷は敵の襲来に備えスイッチ一つで風呂場にも槍襖が降ってくるカラクリと防備にも怠らない・・・って何をやっているんだこいつは。どうも、凡人の及ばない思考を持った半蔵様、下々の民には結構有名らしく「八丁堀の俺の屋敷」は年端もいかない子供でも場所を知っている様子、けど「隠密方同心」がそれでいいのか? なんか半蔵の徹底的な「黙ってオレに付いてこい」振りに、もう一人の大物悪役、田村高廣の存在を完全に忘れる。
 そんなこんなで、勝新演ずるかみそり半蔵の破天荒な言動を追っているだけでゲップが出そうになるこの映画、最後に本筋とは関係のない、不治の病に冒された父親を抱え苦悩する貧しい親子のエピソードが入って終了する。それまでのハチャメチャ振りから少しトーンダウして描かれるエピソードは蛇足に見えなくはないが*2、実はこれ重要で、半蔵はこのエピソードの中で自身の立場を間接的に表明する。病に苦しむ父親、その苦しみを取り除くには死しかない。が、幕藩体制下に於いて親殺しは理由の如何を問わずして死罪の重罰行為、その狭間に苦しむ父子に対して半蔵が取った行動は、自身が代わって父親を首吊りに見せかけて死なせるという方法。半蔵のやり方は正義とよべるほど清々しいモノではない。が、彼の行動は間違いなく正義に基づく。正義とは世の不条理を正すに他ならない。それ故にその手法は万事このようにならざるを得ない。世の正義が欺瞞を含有すると同様、半蔵の実践する正義にも欺瞞がないわけでなく、もはや正しいことの何たるかは重要ではないのである。「だから半蔵は半蔵のやり方で、江戸市中の正義を貫く」のだ。
 けど、これが一番問題のような気がする。

*1:そんな大西への半蔵の勝利宣言セリフ(大西が囲っていた妾を「拷問」して情報を得た挙げ句自分の女にした)「これでオレとオメーとは穴兄弟、これからはよしなに頼むぜ、ア・ニ・キ」 もう最悪だけど最高

*2:でも、父親を楽にさせる際の唐突さと、その後をゴマかす手際の良さにこれまでの言動が重なって笑いを禁じ得ない