『不知火検校』

 不知火検校の通い弟子である盲人、杉の市(勝新太郎)は下賤の出ではあるが才知と野望に富み、師匠からも一目置かれる存在であるものの、幼い頃よりその本性は悪心に満ちていた。ある日師匠の使いの途中、道中癪で苦しむ旅人を針療治と偽って殺し持っていた200両を奪う。その時の始終をやくざ者に見られたが逆にそのやくざ者を籠絡、そのやくざ者を通じて裏社会と繋がりを持ち、日常的に悪事に手を染めるようになる。その後自らの手引きによって師匠を殺害、二代目不知火検校として盲人としての最高位を手に入れるモノの、その裏で悪事の生業は止むことを知らない。全ては自身の更なる栄耀・栄華を手に入れるために・・・。
 一度観てみたいと思っていた本作、図らずも銀幕にてその願い適う。感想は何よりも勝新、悪の権化不知火検校を演ずる勝新の魅力に釘付け、と言ったところか。陰影の際だつ白黒画面の中で、杉の市が行った最初の殺人のシーンと検校となった後絶頂の最中全ての悪事が露見し捕縛されるシーンがどちらも白昼で勝新の体に陰が射し込まないのが印象的、特に最後の、最大の魅せ場である「将軍家に参上するため祭りの行列を押しのけての駕籠に乗って登場」→「かつて罠にはめて妻を自殺に追いやられた武士・岩井藤十郎(丹羽又三郎)登場」→「町方登場」→「捕り物」→「捕縛」、盲いた盲人が、まさに高所から転げ落ちる様、視覚が無いが故に予想外の危機に陥った際に感じる諸人に倍する恐怖、先ほどまで駕籠で担がれる身が今や地面を這い回り牛車の輪にしがみついて悪あがきをする「高転び」振り、それまでの薄気味悪く且つ玲瓏に冴え渡った悪の賢者が一転してこれ程までに零落する様は、まさに全世界を敵に回したかのような恐怖、このシーンに彼がそれまで何度も見せた平然と悪を成す冷血を感じる以上に、この場面はゾクゾクしてしまう。更にもう一転、民衆の投石と捕り手の棒に傷付き、身を捕縛された際に発した「うるせぇ!」の一言。凄い。さすが、勝新はこのときから勝新だ。このときからといえば、借金を餌に杉の市に騙され犯され主人にバレて死に追いやられる武士の女房役を演ずる中村玉緒、当然今より若くて綺麗なんだけど既にかわいそうな奥さんの役柄にハマっているのも面白かった。
 面白いといえば、この映画、「盲いた勝新」と「目開き勝新」両方が登場。最も後者は盲人「くだらねぇ」夢のシーンでではあるのだけど。視覚障害者の見る夢が、どのようなヴィジョンを有するか非常に興味のあるところ、これをどこから見ても美男子「目開き」の勝新が演ずるところに、現世に存するは世間に仇為す心根醜き盲人ということのパラドックスを感じ*1、この混乱が元で現世で盲人が織りなす悪事の数々が清々しく見えてしまうのが大変面白い。本当に観れて良かった。

*1:「くだらねぇ」と切り捨てることも含めて