『喜劇 男は愛嬌』

 本日鑑別所を晴れて出所した春子(倍賞美津子)、向かった先は川崎の工場街に面した港町。そこでは彼女の老いた父親(浜村純)と病に伏す弟が待っている。薄っぺらの板壁はさんでお隣はホルモン焼き屋、そこの次男坊民夫(寺尾聡)は保護監察司として幼なじみの春子の更正に取り組もうとするが、問題なのは民夫の兄で「オケラ」こと五郎(渥美清)のこと。五郎はマグロ漁船の乗組員として普段は外洋に出ているが時たま前触れもなくひょっこり帰ってくると必ず騒動を巻き起こしていくのだ。春子の非行も五郎の影響だと信じて疑わない民夫はなんとしても彼女と五郎を会わせないことを誓う。が、その五郎が帰ってきた。民夫の努力も虚しく春子と再会した五郎は春子の幸せのために花婿を世話しようと言うのだ。ところが春子に密かに想いを寄せる民夫はそれが気に食わず、何とかして五郎の目論見を止めようとする。五郎が良かれと連れてくるのはいずれもどこかクセのありそうな怪紳士ばかり、それに加え花婿の持参金のおこぼれをもくろむ近所の連中達、一騒動も二騒動も起こりそうな予感に果たして春子の幸せは訪れるのだろうか?
 渥美清の畳みかけるようにテンポの良いセリフ回しは松竹喜劇映画の真打ちと言ったところか。動きとセリフが本当によくかみ合うギャグの数々は『男はつらいよ』に劣らない。特にすげぇと思ったのは「長屋に突っ込んだダンプの前で説教たれる」シーン。まず、近所の労務者連中(佐藤蛾次郎ら)と酔っぱらった挙げ句長屋に突っ込むダンプ、あわや老人と子供の病人を轢き殺すところす所に加え因業家主の倉吉(田中邦衛)からの立ち退き要求、どう見ても五郎に非のあるのは明らか、その事を民夫に非難されながら反対に説教する「それだからお前はバカだッてんだよ」・・・まるで居直り強盗のような、けど見慣れたお約束のパターンだが、以降、いかに自分が春子の幸せを考えいるかを、ダンプに跨り民夫・春子一家始め近所の面々(太宰久雄佐山俊二)に説教、このシーン、渥美清の独壇場かと言えばそうではなく、画面上部で渥美清の説教が続く中、倍賞美津子の「おしっこ?」の言葉と共に、画面下部でまた別のコントが同時に始まり、やがて二つの動きが渥美清によって合致しシーンは帰結する。「ダンプがめり込んだ」「ボロ長屋」の中で。この巧みさにはマイってしまいました。
 も一つ、昔の漁船仲間で今はどっかの会社の副社長に納まってる宍戸錠渥美清の掛け合いのシーンの「タバコに火を付けようとする宍戸錠の持つライターの火を渥美清が延々と吹き消す」シーンもその執拗さの割にはクドさがなく楽しく印象に残った*1 
 「男は愛嬌、にっこり笑って、もらえるモンはもらっときましょう」男としてプライドの欠片もないこのセリフ、渥美清が語ることで深みを持ってしまう。全体的に渥美清のほぼ独壇場という感じだったけど、それは決して自分が好きな役者だからという理由だけではなく、面白かった。*2

*1:結局宍戸錠は最後まで火を付けさせてもらえず、激した渥美清が突きつけた拳銃型のライターの火でタバコを付けようとしてオチ

*2:たぶん、当時は殆ど省みられることの無かったであろう鶴見線を走る旧型電車と沿線の風景のコトはこの際置いておく。