その百四十六 川越市古谷上 『金精稲荷大明神』


 金精様はこのシリーズ初です。
 このお社の祭られている脇を通る通りは川越市街を避ける国道16号線の抜け道になっているので以前から時たま利用していましたので、特徴あるこのお名前のお社も良く存じておりました。「稲荷」と名前が付くモノの恐らく、間違いなく「金精様」を奉っているお社と云うこと、予想はしていたのですが、気付いてから実際に車を降りて心配するまで随分と時間がかかっていまいました。
 小さな鳥居に小さな社、鳥居を潜りまず手を合わせて、恐る恐るお社の扉を開けます。すると、間違いなく金精様です。ご神体は長く雨晒しであった見える角の欠けた石塔で「金」の文字は辛うじて読めますが他は摩耗して読めません。その手前には奉納された絵馬に木の金精様、つまり男根様の木の彫り物です。絵馬と共に氏子さんか信者さんかが納めたものでしょう。
 見た限り「稲荷」に相当する御神体依代は見当たらず元々から今までずっと金精神のみを奉っていたのを後に同じく豊穣の神として「稲荷」の名前も付け足したのでしょう。稲荷神を習合したと云うよりは古来よりの性器信仰に対する無理解の目を反らすカモフラージュのため「豊穣」の神徳が似通った稲荷様の名前を借りたように思えます。すると改名の時期は国家神道化が進められた明治の頃でしょうか? そこまでして守ったお社は今もこのように奉納を受けて大切に守られております。
 絵馬や神像の奉納は何かの願掛けである場合が多いのですが、こちらの社内に奉納されている絵馬、神像、非常にシンプルな姿形にも関わらず非常に強い個人的思いが滲み出ています。やはり子宝授受の願掛けなのでしょう、それにしても強いです、思いが。ただ、興味本位が強いとは云えこの社の扉を開けたからにはその発する強い思いは直視しなければ失礼なような気がして、目は反らしませんでした。そういうものです。