カール・ユンカー 『Junkerhaus Lemgo(いわゆる『ユンカー・ハウス』)』

 2005年、銀座はハウス・オブ・シセイドウで行われた「アール・ブリュット展」。二階展示場、奥の方の壁際、いかにもドイツ人というような作者名を冠せられた彫刻が一点だけ。マルティン・ラミレス、ヘンリー・ダーガー、アドルフ・ヴュリフェリ、マッジ・ギル、アナ・ゼーマンコア・・・並み居る大家(?)の圧倒的魂の氾濫の中、私にとってその作品は大変控え目に見えた。その作品に付せられた作者の説明には以下のような文言。「カール・ユンカー(生没年と出身地)婚約者と将来暮らすための家を自ら設計・作製を始める。そのあまりの熱中振りに、相手にされていないと感じた婚約者は後に彼から離れるが、家の作製は続けられる。独創的な意匠が施された内装を持つその家の屋根裏で、彼は生涯を独身で過ごした。」展示されていたその作品は、人物の肖像が彫られたパネル(確か、女性の肖像だった気が。だとすると、一度去って二度と会うことのなかった心の中の婚約者の姿か?)で、目立った彩色は施されず、木の地にそのまま肖像を彫り込んだ素朴な造りと言えようか。ただ、その作品から感じられる雰囲気が恐ろしく暗い。できそこないのイコンの様相、或いは神とは対局に位置するモノをモチーフとしたイコンと言おうか。聞き慣れない作者名と、大した感性を研ぎ澄ますことはなくとも容易に感じられる(危険を感じる本能に瞬時に訴えかけるというべきか)異様な雰囲気、通りがかる観賞客は、せいぜいその喜劇然としたエピソードに失笑するに留まり、歩みを止めて良く見極めようという客は希であった。その中で、観れば観るほど不快と紙一重の好意を育てるその作品、そのような作品で満たされた「カール・ユンカー一世一代の家」に思いを馳せる。その姿は「西洋風の二笑亭」。当然の如く、その運命の変転の末、カール・ユンカーの家も同じ様な運命を辿り、かろうじて残された遺物が件のパネルなど僅かな装飾品だけなのであろうと勝手に想像していた。
 幻の家は現存しているという。本能的に「気味の悪い」その家は、創造主にして唯一の君臨者であるユンカーの死後、誰一人として買い手はつかず、そのドイツの片田舎に件の消極的理由により不承不承の内に残されることとなった。ところがその持ち主の健在時より、国内の好事家達に「妙な建物がある」と言う噂は知られており、時折見物人も訪れ、その際館の主は入場料を取って自ら案内したという。彼の死後になってその建物は一定の評価を得る所となり、現在は記念館として公の管理する所となっているという。フェルディナン・シュヴァルの「理想宮」のような話だ。そういえば先に挙げた「二笑亭」主人渡辺金蔵も含めてほぼ同時代の人だ。「非効率」「非常識」、それに裏打ちされた他者に理解できない信念が類い希なる才能にインスピレーションを与え、何故か建築物として結実しやすい当時の空気というのが有ったのだろうか。現在ではとうてい考えられない余裕であろう。
 ところで、調べた限り日本でこの「Junkerhaus Lemgo」について詳しく述べられた資料というか書籍はない様子(洋書についてはわかりません)。よって、日本にいながら建物の様子を得るには、WEBによってしかないというのが現状である。私はグーグルのイメージ検索記念館の公式サイトドイツを旅行してこの建物を訪ねた奇特な日本人の個人サイト からほんの一部を拾える程度、正直観賞と言うには程遠い。よって、この作品についてはあまり生意気なことは言えません。その限られた画像を見る限り、あまりに「統合失調症的脳内断面図」を強烈に主張する内装、恐らくは撮影者による強い作者(ただ単に「狂人」と括りたがる)へのイメージを反映しすぎているような気がして、恣意的すぎるその資料にはやはり不満が残る。割合よく拾える「建物の外観」から、一見その地方によく見られる普通の作りをした家でありそうで、その動物の肋骨を思わせる木組みの絡まり方、対照的に白で塗られた壁との対比、確かに屋内に入る前からただならぬ気配を感じさせてはいる。それだけに内装の十分な資料がないことは残念。あるサイトに評価された「割合調和が取れている」その全ての内装、非常に興味がそそられる。実物を堪能できればもちろんのこと、せめて内装写真満載の日本語で書かれた資料なり出版されて欲しい。一方で、やはりマイナーな、知る人ぞ知る知識がメジャーになることに、ある種の「嫉妬」が生じるであろう自らの妙な識癖に、また自己嫌悪に陥るのだろうか。
 今のところ、全体像が見えず自分にとってあまりに漠然としている「Junkerhaus Lemgo」、何となく、直感的にアントニオ・ガウディの作品、特に「サグラダ・ファミリア」のイメージと通じる。ただの音痴による妄想だろうか。

 一応WEB上の資料を。どちらもドイツ語。訳していただける奇特な方求む。
  http://de.wikipedia.org/wiki/Karl_Junkerウィキペディアドイツ語版”Karl Junker”
  http://www.junkerhaus.de/←記念館の公式サイト